変身!

- interview with 田口トモロヲ -

自分の中にいる、もうひとりの自分。
ある時、何かがぐるりと反転し、予想もしていなかった人物が登場する。
永遠に続いていくかのような日常を解き放ち、
仮想をリアリティへと変えてゆくエネルギー。
「変身」への欲求は、太古の時代から、人間を突き動かしてきた。
今回は、独自の感性で<変身>し続ける、田口トモロヲ氏にお話を伺った。

田口トモロヲ(たぐち・ともろを) プロフィール


1957年東京都生まれ。大学中退後、漫画家、イラストレーター等の仕事をしながら、
アングラ劇団の様々な舞台に出演。
同時期にパンクバンド「ばちかぶり」を結成し、その過激な音楽と個性的なボーカルが話題となる。
89年、塚本晋也監督の『鉄男』に主演し、役者として高い評価を得る。
以降、映画を中心に精力的に活動を続け、数多くの作品に出演。
96年度には日本映画プロフェッショナル大賞功労賞、97年度には毎日映画コンクール助演男優賞を受賞した。
近年は、NHK総合テレビ『プロジェクトX〜挑戦者たち』のナレーションでも注目を集めている。
また2003年12月に公開され大ヒットを記録した『アイデン&ティティ』では映画初監督に挑戦、
新たなフィールドでもその実力と個性を遺憾なく発揮した。

B:今回ご出演された映画『マスク・ド・フォーワン』では、
  なんといっても、プロレスをするという役作りのために、
  ご自身の肉体を劇的に改造されていったということが、一番大きなインパクトだと思います。
  専属トレーナーのもとで、13.5キロの増量に成功されたそうですが、
  どのくらい前からトレーニングを始められたのですか?


 具体的には、ちょうど映画の撮影に入る約1年前からです。
その間にちょっと間が空いたりしたのですが、撮影に入る3ヶ月前くらいから、
最終的なツメに入りました。







B:過去に本格的なトレーニングをされたことはあるのですか?  筋トレとかは無かったですね。全くの初体験。ジムに通うということも初めてだし、 もちろんプロレスのリングに上がることも初体験でしたし、 初めてづくし、しかも40代デビュー(笑)。


B:最初、監督から肉体を変えて欲しいと依頼があった時、どんなことをお感じになりましたか。  同じ人間のやることだから何とかなるだろうと簡単に考えて、 「はい、いいっすよ。」ぐらいな感じだったんです。 それでやり始めてみたら、ひとつひとつがあまりにヘビーで辛かった。 現実にぶち当たって愕然としました(笑)。 一番最初はプロレスの心意気も学んでもらいたいということで、 浅草にあるアニマル浜口さんの道場へ行ったんです。 そのジムは、新人のアマレス、プロレス含めたデビュー前の道場でもあるんですが、 監督に「週何回くらい行ったらいいですか?」って聞いたら、「まあ、週3、4回かな」って。 それじゃ仕事できないじゃんみたいな(笑)。でもやらざるを得ないので通い始めました。 そこは相当ストイックな道場で、デビュー前の人達が真剣勝負で鍛えている場所ですから、 余暇で身体を鍛えるというような所ではなかったんです。 でも、そこでレスリングとかスポーツに関わる人達のエモーションのようなことは、 ずいぶんと教わった気がします。


B:後半の追い込みでは、田口さんの目が狂気を帯びてきた、とお聞きしました。   何度も吐きながら、トレーニングを続けられたそうですね。  うーん、後に引けないというか、結果を出さないと映画が成立しないということで、 実際どこまでできるかわからないけれど、もうやれる所までやるしかないと。 だから笑顔も消えました(笑)。 「あっ、1キロ増えた、何グラム増えた」とか「あー、今日落ちましたね」とか、 そういう一日一日が結果として出てしまうので、気が抜けない。 そういう意味では、ちょっと大袈裟にいうと真剣勝負です。 演技って結果でもあるけれど、曖昧なものだったりするじゃないですか。 今回はそうではなくて、具体的に肉体として目に見える結果が必要だったんです。 最初はある所までパッと体重は上がったのですが、だいたい7、8キロ程上がった所から、 その先が難しい。最後の3ヶ月の追い込みでは、無理しても体重を上げるために一日5食、 その後プロテイン5回、それにプラスアルファで生卵を毎日1パック飲みました。 平行してプロレスの練習ですね。もう、とにかく痛かったです。


B:撮影ではスタントを使わないで、ご自分でプロレスの技を全部受けられたのですよね。   最初からそういう計画だったのですか?  そうです。監督がプロレス大好き、プロレス愛、の人だったので、 そこは妥協できない、実際にやってもらいたいという要望だったんです。 プロレスって攻撃するためだけでなく、相手の技を「受ける」というのが 重要な唯一のスポーツだと思うんです。 格闘技だと、まず相手を倒すことを中心に考えますけれど、プロレスはまず受ける。 その重要性を監督はもちろん知っています。 そして、この映画の主人公は、攻撃型の人間ではなくて、 彼の人生と、多分ダブルミーニングしていると思うんですけども、 受ける中で立ち上がってゆく、再生してゆくという話です。 「受ける」ということが映画の核となるものなので、それをまず肉体で表現して欲しいと。 あと、プロレスファンが見た時にも、「わかっていらっしゃる」と 納得してもらえるということだと思うんですけれども。


B:ほれぼれするような肉体とか強さというのは、   男性にとって憧れみたいなところもあると思うのですが、   肉体がだんだん作られていくにつれ、   自分自身の意識や感情などが変わっていくような感じはありましたか?  やっぱり食べ物が変わったせいなのか、人間が大雑把になりました(笑)。 ただ、世界が違って見えるとか、アイデンティティが変化するようなことまでは無かったですね。 40歳も過ぎていたし、若いうちにもっと経験していたら違っていたのかもしれないですが、 ある程度人格が形成されてからの、作品に合わせて人為的に無理した改造ですから。 体が筋肉質になったので、役以外で上半身裸で歩いてみたりとか、そういうことは全くなかったです。 僕は俳優としてもそんなにナルシスティックではないみたいです。 トレーナーの人にも言われましたけど、ああいうジムのような所は、鏡があって、 常に自分や他人の視線を感じることによって、身体を緊張させて、美しい、 あるいは大きい身体に作ってゆくというシステムなんです。 僕は、なんかそういうことが恥ずかしいと感じる方なので、 それを乗り切ることは出来なかったですね。 ただ、撮影現場でスタートがかかると役にはのめり込む。 でもそうなるまでに時間がかかったり、準備があったりするんです。 客観的な自分があって、没我なんて恥ずかしいし、そのための作業がすごく面倒くさい。 役にすぐ入り込めて、そのことに本当に酔えるという人がすごくうらやましいです。


B:そういう恥ずかしさみたいなものがあるから、   逆にそこを突き抜けるとエネルギーが爆発するのかもしれませんね。  普段はすごく地味だったりするんで、キレている役をやると、 現場でがらっと変わるわけじゃないですか。そうするとびっくりされたりします。 でも、自分の中ではそうなる為にものすごく準備をしたり、 これまでのキャリアを重ねた結果だったりするんです。 自分で考えるというよりも、人にそう言われて気づいてゆくとか、 そういうことの蓄積だったりするんですけれど。 主人公の忠男の年齢ではないですが、ちょうど中間管理職的な世代だと思うんですね。 団塊の世代と、ニューエイジみたいに呼ばれているようないわゆる新人類の間の。 上の世代のように凄いぶっちぎりみたいな感じにはなれないし、 かといって下の世代のものすごくクールで冷静でクレバーな人達にもなれない。 単純な世代論というわけではなくて、まあどの世代にもそういう人はいるとは思うんですが、 自分の中にそういうグラデーション感が強くて、だから自己矛盾ですよね。 客観的で温度の低い演技をずっとできるかというと、そんなことはなくて、 その矛盾している部分で表現しているような気がしますね。 それは言葉に出来ないものです。僕は自分の才能とかは信用していないのですが、 なんでここまで来られたかを考えると、その矛盾している所があるからだと思います。 僕の場合、「いつものご自分で」って言われるのが一番困るんですよ。 そんなに普遍的な自分ではないし、気分によっていつも違うので、 自分のフリなどはわからないんです。


B:今回の映画では、何をやってもうまくいかないし、誰からも認めてもらえないような、   さえないリストラされたサラリーマンが主人公です。今の日本には、彼と同じように、   どうしていいかわからないまま鬱々としている人も多いのではないかと思います。   田口さんはそういう感覚に共感されるところはありますか?  わかります。主人公の忠男は、すごくよくわかりますね。 形は違えど、自分の中にも同じような感覚は存在するので、 あまり好きじゃなかったるするところもありますけれど。 ただ、人間がちょっとだけ再生しようとして、そのことにチャレンジする、 その心意気は好きです。僕、意外とそういう役が多いんです。 『弾丸ランナー』という映画も、ちょっとだけ再生しようとする物語です。 まあ、その結果は様々で、そんなに上手く再生しきれるほど世の中は甘くないですが。


B:今回の作品に限らず、田口さんが過去に出演した『鉄男』も、いわば<変身>の物語です。   自分がある時、とてつもなく変身してしまうという設定は、   カタルシスを生み出す何かがありますよね。   良い方向だけでなく、『鉄男』みたいにわけのわからないものになってしまうのもありますけども。   役者という仕事が、<変身>そのものではあると思うのですが、   人は誰でも、変身したいという欲求が強くあるのかもしれませんね。  もう俳優は、変身とコスプレが職業だと思うんですよね(笑)。 普通なら一生なれない、出会ったりできない人物に変身できるという願望や夢を 具現化する職業だと思うのです。僕は、たまたまこういうことしかできなかったので、 この職業についているのですが、自分には合っているとは思います。 ナルシスティックな人の方が俳優としても豊かだったり、 楽しめたりするのかなと思ったりしますけれども。 この職業の面白さは、アマゾンの秘境のような、 普通に旅行したいと思ってもそんな所へは行けないだろうというような所へ 仕事で遠出できることもあります。それは、ちょっと大袈裟な言い方をすれば、 人生って、どうこの退屈と戦って行くかというのが 自分の中でひとつのテーマだったりするので、そういう意味では自分に合った、 また退屈を払拭するための職業選びだったのかな。


B:退屈というのは、若い頃からそんな風に感じられてたのですか?  若い時って、次の日目がさめれば違う風景が見えたりするんじゃないかと 思いがちだったけれども、実際は毎日変わらないですよね。 お祭りと一緒で、やりたいことをやっている時は楽しいですけれど、 終わると退屈感がやってくる。日常の方が長いですから。 だから自分を変えてゆくということになるけれど、 自分ってそんなに変わるのかっていうと、変わらないですよ。 やはりよっぽど自分自身を突き詰めたり、極めたりできる人間でないと、 自分に見える風景って変わらないと思うんです。 そういうことを把握した上で、じゃあ、どうしていくかっていうことだと思います。 僕はどちらかというとあまり楽観的でもないし、 物事に対してちょっと距離を置いて見ちゃうほうなので、余計にそういう風に感じていました。 じゃあ、どうするんだ、ということで、バンドを始めたり、芝居を始めたりしたんだと思うのです。 本当を言えば、すごく積極的にバンドや芝居をやったり、映画出たりっていうわけではなかったんですね。 こうしかなれなかった。消去法というか、自分のできることはこれしかなかった。 だから、自分で映画を撮った『アイデン&ティティ』も、 中流という、ハングリーにもなれないし、かといって優等生にもなれないが、 そういう人間にもロックがあるはずだというのがテーマなんです。 そのテーマは自分自身のものでもあり、ちょうどこの『マスク・ド・フォーワン』もそういう中流の、 すごい不幸かといったらそうでもないし、じゃあ幸福かといったらそうでもない、 気の持ちようじゃんといわれるような(笑)。 だから、そのあたりの辛さはわかります。つらいって言えないつらさ、 「もっとつらい人だっているんだぞ」と言われれば何も言えなくなってしまうような。


B:お話を聞いていると、常にどこか醒めて、同時に遊んでいる方のような感じがします。  いやー、そんな醒めていないですよ。ものすごく客観的な人っていると思うんですよ。 そこまででもないし、かといっものすごく情熱的でもないし。 だから、そこが中流の苦しみで、いっぱいいっぱいなんです(笑)。


B:継続されてゆく日々の変わらなさの中で、どのように変化を見つけていけばよいと思われますか?  少しずつじゃないですか。そんなに大きな変化ってないですよね。 しばらく会っていなかった人に会ったりすると、すごい老けてたりするじゃないですか。 でも、毎日自分で鏡を見ていたりすると、あまり変化がわからない。 そういうことなんだと思います。


B:海今の日本に流れる、この何とも言えない曖昧なエネルギーみたいなものは、   これからどうなっていくのでしょう。  うーん。どうなるんでしょうね…わからないですねえ。 9.11のテロがあった時は、毎日これから9.11のことを考えるのかと思ったけれど、 今はそんなことはないですし。その時はすごい危機感を感じたけれど、 毎日またこうやって普通に仕事しているのが不思議ですよね。 だからそうやって生きて行くんだなと。僕の年代になると、どう死ぬかとか考えますけれども、 それは個人的なこと、『アイデン&ティティ』のテーマではないけれども、 やらなきゃならないことをやって、世界と関わっていくしかないんじゃないかな。


B:『アイデン&ティティ』では、   「やりたいこと」と「やらなければならないこと」が大切なテーマになっていますね。  今回の肉体改造とか、やりたいことかといわれればそうではなくて、 やらなくてはならないことだと思ったから、できたんだと思います。 若い時はやりたいことばっかりだと思っているかもしれませんが、 ある時から人としての役割分担というものに気づいてきます。 それってスポーツが明確だと思うのですが、 皆がピッチャーをやりたいと言ったら野球は成立しないわけで、 いろいろなポジションがあって、そのポジションを懸命に努めるプロがいるからチームが成立する。 だから、自分のポジションを考えるようにするのが映画に参加する時に大切なことで、 それがプロであったりするんだと思うんです。それがある種のプライドにつながるというか。 仕事の上では、例えば『マスク・ド・フォーワン』でいえば、 すでに身体が出来上がっている人でいいのではないかと思うのですが、 あえて監督が僕をチョイスしたっていう必然性に対して、やらなくてはならないのかなと。 人として、というのはまた別にあると思いますけれど(笑)。


B:田口さんはこれから先、どんな生き方をされていきたいと思いますか?  ちょっと大袈裟ですけれども、人として豊かに生きたいですね。 でも、今まで豊かって何なのかを考えてこなかったので、 どうしていいかわからないという状態です(笑)。 いい仕事と出会うこともそのひとつの豊かさなんだけども、 また違うこともあるだろうし、と今考え中です。


B:人として豊かに生きたいと思われたきっかけは何ですか?  それは、死が近づいているからじゃないですか。 40代後半になると、やはりどう死ぬかを考えるようになります。 死ぬ時に生まれてラッキーだったなって思いたいですね。 あと、世界情勢的にいろいろなことがあるわけじゃないですか。 そういう事と無関係ではないですからね。ひとつひとつが連動しているわけだから。 そのことにあえて、どうこう発言したりする気はないですが、 ただ世界がどうなるかわからないのと一緒に、 自分もどうなるかわからないという不安は常にあります。 自分が若い時に思った40代って、もっと大人になっている感じがしたんですが、 ちっともなっていない(笑)。体力は落ちる一方だし。 それは仕事を含めてなんですけども、仕事だけではなく、 表現ということだけでもなかったりします。 もしかすると、何かまだできることや意味があるんじゃないかと思ったりますが、 それは表現じゃないかもしれないですし。


B:田口さんにとって、何かをやってゆくことが豊かさに繋がるという感じなのでしょうか?  状態も含めてですね、きっと。その時のタイミングとか、 流れによってやってくるものかもしれないですし。 『アイデン&ティティ』も、撮りたい撮りたいと動いている時は撮れなくて、 まあ、もう一生の仕事として考えればいいのかなと思った時に撮れたりするわけです。 海外の俳優さんや監督みたいに、3年に一本撮れば生活できて、 人間として生活を楽しんでゆけるという風には、日本の社会は出来ていないですよね。 とにかく働き続けながら、その中で何かを見つけてゆくわけだから。 僕は日本って好きだし、日本人って曖昧でラッキーみたいにも思っています。 そのことは全然否定しないし、でも疑問もある。ズボラなんですよ、人間が。 僕の中では映画ってかなり上位なんですが、 また俳優という仕事も生きてゆくためにやらなくてはならないことでもあるけれども、 本当にそうなのかなと、まだ迷いがあるんです。それが自分でも情けないし、 みんなどうしてるのかな?言わないだけなのかな?と思ったりとか(笑)。


B:いつか自分にぴったりしたものが見つかると思われますか?  うーん、こうやって一生終わっていくんじゃないですか。 そんなジャストフィットな人生つまんないでしょ。


B:どうもありがとうございました。

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