再び、世界と出会う

- interview with UA -

ここに生まれ、ここで人と出会い、ここで息をしている。
答は、どこか遠いところにあるのではない。
今、ここにある世界がそのものなのだ。
起こる体験のすべてを受け取り、
全身で感じ、世界へ還元してゆく。
今回は、歌によって世界と人をつなぐ、UAさんにお話を伺った。 

UA (うーあ)プロフィール


嵯峨美術短期大学卒。
1995年、SINGLE『HORIZON』でデビュー。
ALBUM『11』『AMETORA(アメトラ)』『turbo』『泥棒』を発表。
2002年、初主演映画『水の女』公開。
ベネチア映画祭を始め、各映画祭に招待されテサロニキ国際映画祭にてグランプリ受賞。
2003年、NHK教育テレビ『ドレミノテレビ』に司会、
歌うお姉さん「ううあ」として、レギュラー出演。
2004年、ALBUM『SUN』、2005年、6枚目のALBUM『Breathe』発売。
アルバムごとに全国ツアーや、様々な音楽フェスティバルにも出演。
テレビCM、ドラマ、映画の主題歌などにも数々の曲が使用され、強烈な個性を全国になげかける。
「<東京の夏>音楽祭2005」では童謡を披露。
音楽だけでなく映像、ナレーション、アートシーンなど様々なフィールドで独自の磁場を生み出す。
「UA」はスワヒリ語で " 花 " という意味があり、 同時に " 殺す " という意味も合わせ持つ。 

B:UAさんの音楽は、感じるままに駆け抜ける、というような印象があったのですけれど、
  最近は、自分の音を求めて一歩ずつ踏みしめて歩いているように感じます。
  UAさんの中で、音楽に対して、またアーティストとして何か変化はありましたか?


 たぶん変わり出したのは『泥棒』(2002年)からだと思います。
ちょうど30歳になる前で、女性はみんな29歳位で一回ぶちあたってくると思うんだけれど、
その例に漏れず、けっこうシリアスに考え出しちゃって悶々としていたんです。
23歳でデビューして、UAである自分というのを自分なりに理解していたつもりで、
でもそれがいつの間にか自分で自分を限定しちゃっていた。
「UAってこうなんだ」とか「私はこうあるべきだ」とか。
自分が思っていたのは、イコール人が思っているものだったのかもしれない。
自分で自分をちゃんと見てなかったのかも。鏡に映っている自分を見てたっていうか。
まあ、単純に若かったんで、木が育っていく時には枯れないようにって頑張って、
それが成長した後には、ふわ〜っと横の繋がりを感じて森になっていくみたいなものかも。
足りなかったというわけでもないし、
ただ単にそういうふうに駆け抜けた20代というか20代後半だったんだなと思います。

 そんな時、とても尊敬していたあるバンドのセッションに、
即興で飛び入り参加するという機会があったんです。
自分の中では相当なチャレンジだったんだけど、
ものすごく緊張しちゃって結局自分の力を出せないまま終わってしまった。
でもそこに居合わせた50歳ぐらいのおじさんに、
「自分の声を最大限に活かす事をやらなきゃだめだよ。本当にさらけ出さないと。
調子がどうだとか、その日がどうだとかなんて関係なくて、みんなはそこに待っていて、
そこでどれだけ自分を活かしきるか、その態度。それをやんなきゃだめだよ。がんばりな。」
って言われて、何かが〜んっときた。私の中の今までのUA像って何だったんだろうって、
がらがらがら〜って崩れちゃった。

 そしたら楽になった。今まであると思っていたものが
何も無いんだって立ち返ることができた。
ああ、落ち込んでいる場合じゃない、がんばらないと、
って思ってそこから『泥棒』を作り始めたんですよね。
そしたら、自分の幼少時代から閉じ込めていた世界が出てきた。
私はずっと普通に公立で高校まで行って、大学はやっと自分で選んで美術の学校に行って、
というふうに年々楽になっていたけれど、小学校の社会みたいなものが本当に大嫌いだった。
きっといろんなものを、そうしちゃいけない、出しちゃいけないって思って、
ぐぐっと蓋をしたんだと思うんですよね。それがこのアルバムで吐き出せるようになった。







B:UAさんがそういう風に変わっていく時、周りの反応はいかがでしたか?  正直、『泥棒』を出した頃には、昔の古い友達とか、 なんかこう違和感を覚えたみたいで、「どうしちゃったの?」って言われたこともあります。 まあ、あの時は自分が本当に向き合う作業をとことんやったせいもあって、 一旦何かに決別したような感じがあったし。 私自身も何年か前だったら、今気持ちいいと思っていることを気持ちいいと思っていなかった。 もちろんそれはリスナーにとっても同じかもしれない。 だから、誰と一緒にアルバムを作りたいかっていうのは、 唯一緊張して選んでいるところだと思う。


B:自分に向き合う時は、頭で考えるのですか?  そうなんですよ。とても考えちゃって、抜けられないっていうか、 溺れはじめるようなところがあるんですよね。だから泳がないといけない(笑)。 泳ぎはじめているとちゃんと感覚がついてくる。肉体がやっぱり必要なんですよね。 ずっと精神だけだとそれはリアリティではなくて。 まあ、もともと持っている性分が「月」の成分が多いみたいで、陰性なんです。 だから「水に注意」っていう感じ。溺れださずに、泳ごうというか。


B:泳ぎ出したら、自分だけじゃなくて大きな流れの中の一部になる感じがあるのでしょうか?  いまだそこは微妙です。これはどこまで感じているんだろうっていうのは、 毎日考える瞬間がある。アルバムを作ることが続けられているおかげで、 毎回何かのテーマに向き合わされますね。  『泥棒』の次の『SUN』(2004年)というアルバムを作る時の原点となった 衝撃的な日があるんです。ツアー最終日の渋谷公会堂だったんですけど、 そこで、「なった」んですよね。 なんかもう、わあ〜ぁ〜って声が勝手に私を使って通り抜けていくような、 魚がビチビチビチってなっているのを、おおぉーって自分でやっているみたいな感じ。 だから声の出し方もちょっと変にひっくりかえったりとか、 とうとうマイクまで変な持ち方をして、すぽーんと抜けちゃったり、 もう明らかに喉の味とかも違っていて、なんかたいへんだったんだけどすごく幸せだった。 今ここに来てくれている人全員、もちろんスタッフも、 この時間を共有するすべてへの感謝の気持ちが湧いてきました。 やっとなんか穴から出たみたいな感じだったんですよ。 そしてひたすら太陽の方にうわーっと飛翔していくイメージで。 本当にその後の自分の表現で核になる出来事でした。


B:まるで古代のシャーマンのようですね。  そういうのは本で読むし、知識として知っているんだけれど、 いざ自分の体験がそれなのかっていうと、何か違うような気もしたり、 でも正にそれだっていう気もしたり。 よくわからないのだけれど、他者の経験って体験できないから、本当難しいなって思う。


B:UAさんは、とても感覚的な方だと思うのですが、   これまでにも不思議な体験をされたことはありますか?  子どもの頃は、もう勝手にそういう領域にいたかもしれない。 たぶん9歳とか10歳、心と体とのバランスがうまくとれなくなっていた 最初の思春期みたいな頃だったと思うんですけれど、 今考えてみれば初めてそういう霊性とか神性とかの体験だったんだなと思う事がありました。 友達の自転車の後ろに乗って家に帰る途中、ちょうどマジックアワーみたいな 夕暮れの光になった時に、突然「あ、今夢見てる」って思うんですよ。 「これってなんだ?本当?あれ、本当ってなんだっけ?」みたいな。 でも、その夢から覚められない。自分が誰なんだか、この子も誰なんだか、 ここはどこなんだか、もう完全にわけがわからなくなって、もう例えられない恐怖なんです。 で、ウワッって止めるんだけど…そういうことが小さい時に何回かありました。  この経験は人に話さなかったんだけど、20歳ぐらいの時に たまたま話してみたいと思った子がいて話したら、 「あ、それはね、だって心ってここにあると思う?そういう場所があってね、 そっちが強くなったときにぽかーんって入れ物を見てるんだよ」ってさらっと言われて。 なにその場所!?それどこ?!みたいな(笑)。  そういう体験は、子どもを産んでからぱったり無くなっちゃったんですよ。 さみしいなと思ってたけど、まあ、すっかり子育てとか、 ちょうど仕事もものすごく忙しい時期だったから忘れててね。 でも28〜29歳の頃に、そんな事があったなと思い出し、わざと最近はそれをやるんです。 ものすごく難しいんだけど。今度はもうそれを怖がらずに、その状態になったら、 どこまで行けるかっていうのをやりたいなと思っています(笑)。


B:そういう体験があると、これは何だったのか理解したいという思いが出てくるかと思うんですけれど、   UAさんはどのようにその理解を得ようとしますか?  本はけっこう読みますね。貪欲な部分もあるので、 何かそこにあるんだったら知っておきたいという、まだそういう年頃みたいで(笑)。 ただ、あんまり器用じゃなくって、時間がかかっちゃうので、ひとつひとつ行くんですけど。 『SUN』の頃は、ジョーゼフ・キャンベルの神話学にすごく助けられました。 神話をそのまま読んでいたわけでは無くて、彼の解釈によって楽になった。  でもその後、ちょっと精神系の本ばっかり読んでいて、 なんかぐあーっとそっちばっかり、身体を置き忘れてるっていう感覚になってしまって。 気がついたら「虚」みたいな身体になって、 もう歌をうたえない、っていう風になってしまったんです。  そしたら、不思議な縁に導かれたという感じで、 スーフィズムの『ルーミー語録』という本に出会った。 これがものすごく難しかったんです。彼の話の展開がものすごいんですよ 。一個のセンテンスの中でそんな変わっちゃうのっていうくらい変わっちゃって。 もうついていかれないっていうか。子どももいるし、時間とれないし、 とりあえずもう見ただけでもいいやって、こうパタンと閉じて置いたんですよね。 そしたら、5月にトルコに行く事になって、やっぱりあの本をどうしても読みたいと思った。 だから、本をぱーんと適当に開いて、そのページを見るという戦法にしたら読めるようになった。  結局、私の中で一番心に残ったルーミーの言葉は、 「人間の営みをキチンとやれ」ってことだったんですよ(笑)。 「お〜きたー」とか思って。たとえば禅なんかでも、とかく日本のそういうのって、 やれ座禅を組んでとか、あれしちゃだめ、これしちゃだめ、結婚しちゃだめ、 セックスしちゃだめとかさ、すごい戒律があったりする中で 見つけるみたいなことがあると思うんだけれど、 でもやっぱり人間として生まれてきているという理由がある。 ルーミーは、人間の毎日の生活の中にこそ修行がある、って言う。 結婚もしないでどうやって異性のことを本当にわかるのか、 子どもをつくらないで、どうやって子どもってものを理解するのか、っていうことを言ってる。 ルーミー自身、かなりぶっ飛んだ人物だったみたいで、 もう相当ハンドル切りまくりの人で、その人がそれを言ったっていう(笑)、 これまたすごい感慨深いっていうか。  それで結局、この間の『Breathe』(2005年)を作るテーマが見つかった時に、 もう、斜め上を見る目線を止めて、まっすぐ前にある道を見る決意をしはじめたんですね。 毎日を、その時を、生ききるっていうか、ほんと瞬間の連続じゃないですか。


B:今この瞬間しか無いって言えば無いのですね。   怖いのは、みんなが感じないように、   わざと鈍らせているような所があるのではないかということです。  そうなんですよね。感じないようにみんながしているのもあるけれど、 その前にさせられているんだよね。それは教育もとっくにそうだったし、 私もず〜っと鈍って生きていたんだと思う。 私はたまたま今回は歌を歌うことをもらって、やっていることができているから、 自分の持っているできるだけのいい声とか、いい場っていうもので、 みんながちょっと機嫌が良くなるっていうのを目指すしかできないっていう感じです。 『泥棒』と『SUN』は、「自分」対「自分の歌を愛してくれている人」っていう所では 作ってこなかった。だから、『Breathe』を作り終わった時に、 ああ、ふりだしに戻ったかなって、悪い意味じゃなく何となくそんな風に思ったんです。  最近もっとも自分に大切な言葉と思っているのは「中庸をいく」っていうのなんですよね。 性格的にハンドルをが〜っと切るところがあって、 気がつくとものすごくどっちかに振り切っちゃっていることがあるけど、 それっていうのは一見辛いように見えて、実は他を拒否してるからとても楽。 でもそれをやらないとまた真ん中には戻れないんだと思うんですよ。 どっちも知らないままずっと真ん中よりは、どっちにも振り切れて、 一周しちゃってまた真ん中っていう方がきっと素敵だと最近は思うんです。


B:UAさんにとって歌うこととは何でしょうか?  「たったひとりきりでいる時に何をするか」ということを人と話していて、 機嫌がいいとしたら、やっぱりみんな一番好きな事をやるんですよね。 料理が好きな人はたぶん料理を作るし、ヨガの先生だったらひたすら自分でもヨガを研究したり。  でも私はひとりきりでいる時に、歌を歌わない。 だから、歌はやっぱり目の前に人がいてくれて、歌って欲しい時に歌うんだなって思ったんです。 私はひとりだったら歌を歌わないし、歌を歌うことを与えられていない。 人がいるから、歌を歌うわけであるんだというのがわかってきたので、もっとなんか、 歌を聞いてくれる人の事もちゃんと感じて歌うようにしていくんだろうと思うんです。


B:母親としてのUAさんと、アーティストとしてのUAさんとのバランスは、   どのようにとられていますか?  それが非常にへたくそで、いつも自分の中で問題になってたんですよね。 なんだけど、もうここまで自分の不器用さに気が付いた以上、まず子どもには謝ります(笑)。 ほんとにもう、頭を下げるという感じです。


B:お子さんは、謝るおかあさんにどんな反応をするんですか?  最近なんかやさしいですよ(笑)。


B:お子さんとの一対一の関係もそうですが、   子どもを取り巻く社会に対しての現実的な問題が出てくると思います。  子どもはシュタイナー学校に入れているので、 東京都内にあるような小学校とは、ムードが全然違っていますね。 それも、結局ハンドル切った事をやっているのかもしれないんですけれど、 親が選んであげられる事っていうのは最大限に選ぼうと思っています。 うちの子は8歳で、あと少しで世界と決別するという年にちょうど入りつつあるんです。 それまでに核となるものが与えられればいいなと思って。  囲いを作ってあげているっていうのは悲しい言い方なんですけれど、 でもストレートに言うとそうなんじゃないかなと思うんですよね。 都市での生活は子どもに対してあまりにも無関心だし、 自分自身の幼少時代を遡ってもそういうものの犠牲者だったと思うし。 なんでこんなに幼少時代を嫌っているのか、とか。 もちろんいつまでも囲うつもりはなく、囲うべき年頃っていうのがあって、 まさに彼が今そういう時期なんですよね。  シュタイナー学校は、一見自由で芸術的な学校と思われるんですが、 ものすごく厳しいルールがあって、決して自由ではないんです。 それは、どこに行こうと大丈夫という人間を作るための教育なんで、 結局、自由になるためなんですよね。 みんなものすごく向き合う性質の方が勢揃いという学校なので(笑)。  子どもって、大人がある程度囲わないと何でもかんでも吸収する透明な存在なので、 彼らの何かが育まれる前に、死んだ概念というか冷たいものを与えるとそこで止まってしまう。 ぐんぐん伸びているその時がちょうど今なので、私もちょっとがんばらないと…って思いつつ、 本当にこれでいいのかなと日々考えます。 彼の資質というものがあるので、いつどこでどんな道が、というのはいつでもオープンで、 自分の希望を彼に押し付けることはしてはいけないな、とは思っているんですけれど。


B:UAさんは、NHKの子ども向け番組に出演されていましたね。  あの番組は、対象がうちの子どもとちょうど同じ年齢だったんです。 多くの公立の学校では、1・2年生のうちってひとりの先生が全部教えるじゃないですか。 それで、音楽を苦手とする先生が増えてきたっていうことを聞いて…。 学校の科目って、すべて学問の学を書くのに、唯一音楽だけは楽しむって書く。 それなのに、「音学」になっちゃってるのは、本当に悲しいなーと思って。 そういう先生のヒントになるようなものを作るんだよっていうことを ディレクターの人が言ったので、それはいいな〜と思った。 それが番組に出るのを決めた理由だったんですよね。あとは、単純に童謡が大好き。 自分がそれで育ったんですよ。だから選んでいる歌の半分以上は、自分が歌っていた歌なんです。


B:お子さんが育っていった時、未来はどのようになっていると思いますか?   あるいは、どんな風になってほしいと思いますか?  子どもはある意味完全であり、強いっていうか、私達の世代からみても、 理解を越えた新しい存在で、この時代に生まれている意味や理由があるわけだから、 心配しなくていいんですよ、結局は。  私は自分の体験でしかものが言えないから、次の世代に託す前に自分がやらなきゃって思う。 それでいろんなものがずっと生まれていくわけでしょ。だから私もとことんトライしていきたい。  過去の状態に戻るっていうのはもう違うじゃないですか。 壊しちゃったものは壊しちゃったし、もう確実に新しい意識を産むしかない。 それはまさに人間のできる事であって、動物たちはしないわけでしょ。 楽園追放の時に創造する力をもらって、それで「too much」になり過ぎて破壊しちゃった。 だから破壊した分、時間をかけて創るしかないんだよね。  よくアセンションだとかそういうのを好きな人は突然意識が変わるとか言うんだけれども、 ここでぽんっていうことは、ありえないんじゃないのかなと私は思う。 それぞれの人の中で、毎日の中でちっちゃなぽんっが続いて、今を十分に感じながら生きる。 明日のための今なんだけど、今はもう今のためでしかない。 一期一会であったり、人との出会いとかもね。 まあ、あんまり緊張したイメージは嫌なんだけど、なんかそれはひたすらキープだよね。


B:音楽は、頭ではないところから人を刺激して、   ぽんっという瞬間を作るものかもしれないですね。  そうだよね〜。たとえば誰かのライブなんか見た時、 ぽんっとなんかひらめく感じとか、要するに繋がるっていうことがありますよね。ぴこーんと。 それはたぶんすべての事柄において同じだと思うんですよ。 紅茶だとか。イスとかでも。きっとすごい明白な答えがあって、それを身体で解る、 ピタッとハマる感じが欲しいのだと思うんですよ。 なんか人って「わかってんのになんでこう…」っていう毎日だよね(笑)。  きっと、海に毎日つかっていたらわかる事ってあるんだよね。 でもそれはみんなわかってて、「そうだよねー」って都会のカフェで言ってるんだけど、 じゃ、明日、海につかる人がいったい何人いるかっていうとほとんどいない。 海につかるっていう言葉が、ものすごく日常的な場所もあれば、 今日のここはあまり日常的ではない、っていう、いろんな瞬間が私の中でもいつもある。 ひょっとすると、特に都市はほんとに頭ばかりが先にいって、 「やってみる」っていう事がすごい大事なのかもしれないな。 なんか、種を蒔いてみるとかね。


B:ありがとうございました。   これからもUAさんの音楽を楽しみにしています。



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