世界を救う"発想の転換"
貧困に苦しむマラウイ農村部にATMを導入

- interview with ジェームズ・デイヴィー -

気候変動による自然災害をはじめ、戦争、内戦などの人為的破壊によ
り、世界中の多くの国や地域で常に危機的な状況が続いている。その
際に行われる援助の形について、いま、新たなテクノロジーが導入さ
れつつある。アイルランドのNGOコンサーン・ワールドワイドが実施
したのは、アフリカの農村部にATMを導入するという大胆な試みだっ
た。現地の住民から歓迎され、地域の今後の持続的な発展にも大きな
可能性を示したマラウイでのプロジェクトについて取材した。


 

ジェームズ・デイヴィー  James Davey


マラウイDECT(ドーワ緊急現金転送)プロジェクト推進当時、
コンサーン・ワールドワイドマラウイ担当緊急事コーディネーターを務める。
アフリカ、アジアの様々な地域でNGO活動を10年以上経験し、
人道援助のマネージメント、非常事態に備えたプランニングなどの業務に携わる。
経営管理、監督能力に長けていることから経営幹部のポジションも経験。
現在は、コンサーン・タンザニア担当ディレクター。



コンサーン・ワールドワイド  Concern Worldwide


1968年、アイルランドで設立された非政府組織(NGO)。
1968年、アフリカのビアフラ(現ナイジェリア)で発生した大飢饉の際、
救援物資を送ろうという運動が起こり、
これがコンサーン設立のきっかけとなった。
以来、カンボジアや東ティモール、マラウイ、タンザニアなど
世界各地で食料や現金の支給、森林管理、地雷の撤去、
地域開発、教育、HIV/AIDS など
30ヶ国で幅広い支援活動を行っている国際NGOである。


公式サイト:
http://www.concern.net/







マラウイ共和国はアフリカ東南部に位置する内陸国で、 1964年に英国より独立し、英連邦に加盟。 自給農作物としてはトウモロコシが最大の産物だが、 干ばつなどのため収穫高が激減するような事態をしばしば招いている。 2006年はマラウイ全体としてはトウモロコシは豊作だったものの、 一部地域で極端な渇水のためその他の農産物がことごとく不作に終わり、 さらにタバコの価格の大幅な下落を招いて、 ついには住民が日々の食料品をまったく調達できず、 買うこともできないという事態にまでいたった。 この危機に対して行われたプロジェクトが、 このあとデイヴィー氏が述べる、 イギリス国際開発省とコンサーン・ワールドワイドによる援助である。 マラウイには、いっぽうでHIVの蔓延という深刻な問題があり、 国民の平均寿命は40歳に満たないという、文字通りの「後発開発途上国」である。 現在、世界には50カ国の「後発開発途上国」 ( L e a s tDeveloped Countries LDCと略す)があり、 この「後発開発途上国」という呼称は、 国連が開発途上国の中でも著しく開発の遅れた国を表す際の表記である。 一般的に「最貧国」「第四世界」などと言われる 国や地域は、概ねLDCを指している。 LDCのうち7割がアフリカに集中し、マラウイもその一つ。 LDCが抱える問題は、所得水準の低さ、インフラ整備の遅れ、 脆弱な経済基盤などがあげられるが、 中でも深刻なのが飢餓の問題。 もともとの気候の厳しさなどに加え、 ひとたび天候不順が起これば、 農業はたちまち立ち行かなくなるケースが目立つ。 LDCの飢餓は、そもそも生活に必須な栄養を自給できない常態に加えて、 輸入食料を買う財力もないことから起こるのである。 国連が後発開発途上国と認定するための条件は以下の3つであり、 認定されれば各国のODA(政府開発援助)などの対象となる。 ・所得水準が低く、一人当たりの国民総所得(GNI) の 3年平均推定値が750米ドル以下であること。 ・人的資源に乏しいこと。 HAI(Human Assets Index) と呼ばれる指標が一定値以下であること。 HAIは、カロリー摂取量、健康に関する指標、さらに識字率に基づいている。 ・経済的に脆弱であること。 EVI(Economic VulnerabilityIndex) と呼ばれる指標の値が一定以下であること。 これは、農産物の生産量がどの程度安定しているか、 商品とサービスの輸出がどの程度安定しているか、 GDP(国内総生産)に反映される製造業やサービス業の活動が すべての経済活動に対してどの程度の比率を占めるか、 さらに人口の対数によって算出される該当国の国内市場の規模、 天災によって影響を受ける人口の割合、 などの複雑な要素を計算した数値である。 以下、デイヴィー氏のインタビューへ続く。


B:2006年、マラウイを襲った状況はどのようなものだったのでしょうか? マラウイの主要な農産物はトウモロコシですが、 凶作が広範囲に及んだ2005年に比べ、 2006年は実は記録的な豊作の年だったのです。 ところが、長く続いた干ばつのため、 困窮したマラウイ人が集中的に残ってしまった地域がありました。 具体的に言うと、首都リロングウェの北に位置するドーワ地区です。 この地区では、渇水のため雨が不足し、 他の地元農作物が完全な不作に終りました。 同じくマラウイの主要な産物の一つであるタバコの価格の下落を招き、 小作農家の人々は家族に満足な食料を買うことすら できない状況に追い込まれてしまったのです。


B:そこでコンサーン・ワールドワイドが起こした 今回のプロジェクトについてうかがいます。 私たちコンサーン・ワールドワイドは、 今まで以上に地域別に焦点を絞って、 貧困に向きあうことが必要だと考えました。 そこで、援助の配給プロセスに関して、 極めて合理化された革新的なプロジェクトを開始しました。 貧困地域への援助というと、 従来は食糧の配給ということになるわけですが、 これを現金に変えようということです。 過去にマラウイでは、食糧支援がたびたび遅れ、 ひどい時にはそれが数週間に及ぶこともありました。 コンサーンでは2005年の凶作時の援助においては、 食糧と現金の両方の支給を行っています。 これを2006年には、現金に一本化したのです。


B:その現金を支給する際、ATMを使用したのですね? そうです。 このプロジェクトは、DECT(ドーワ緊急現金転送)と名付けられました。 その内容は、マラウイのドーワ地区の人たちにスマートカードを配布し、 移動式ATMから月ごとに援助金を引き出してもらおうというものです。 DECTを支えている基本的な理念は、 「人々は援助を現金の形で受け取ることで 自分たちにとって最も必要なものを 自主的な判断で購入するだろう」ということです。 今後は、マラウイの人たちは、 援助してもらったとうもろこしや麦といった食糧を 売買したり、交換してやりくりするのではなく、 現金をニーズに応じて直接、使用することができるのです。 コンピュータとATMを導入することで、 厄介な計算の負担を軽減させ、 それぞれの家庭事情に応じて 的確な援助額を確定することを可能にしました。 コンサーンはマラウイ・オポチュニティ・インターナショナル銀行(OIBM)と提携し、 ATMを車に搭載して農村まで運ぶことによって、 人々が金融サービスに容易にアクセスできる環境を作り上げたのです。 一部の人たちにとってはこれが生まれて初めて 金融サービスと接触する機会になりましたが、 私たちは、マラウイ人の中に、今後、 金融サービスを上手に利用するきっかけを作り出すことが できたのではないかと自負しています。


B:移動可能なATMを介して現金を支給するという 今回のプロジェクトを通じて、 何を達成できたとお考えですか? 現金の配給は、受け取る当事者に 消費の柔軟性と選ぶ権利を与えます。 もちろん食糧を買ってもいいですし、 まったく食糧と関係のない消費ニーズに 応えることを可能にしてくれるのです。 現金支給によって購買力が増大し、 そのことは地元市場で乗数効果をもたらします。 つまり、ある家庭が援助を受けることで、 地元の商人やサービス提供者、 近所の農民などを含んだ地域の他の人々に 利潤をもたらします。 さらに、現金配給を受けた人は、 様々な種類の食糧をよく考えてから 購入することができるので、 食物の多様性を評価し、 どの範囲の食品群をどう摂取したか ということについて意識が高くなります。 これは、食糧と現金の両方を支給した時よりも、 そうした意識は高く見られました。 食糧の代わりに現金で援助を行った結果、 単に飢えが一時的に解決されただけでなく、 干ばつ被害に遭った人々が、 自分たちの生活が確実に良い方向に向かっていると実感し、 判断することができたと思います。 人々は食糧を得るだけでなく、 自身の畑に投資をしたり、 もしくは新たに家庭の収入を生み出すための 手段として金銭を使うなど、 お金の使い方に柔軟性が見られました。 このことは、被援助国であるマラウイの人々が まさに主体となっていることをあらわしているといえます。 コンサーンが委任した独自の調査期間のリサーチによると、 1ユーロ支給されるごとに、 新たに2.10ユーロの商業活動が 生まれていることが示されました。


B:逆に、難しかったことは何でしょうか? マラウイの食糧市場の価格があまりに激しく増減し、 それがほとんど予測不可能な域に達することがあったために、 援助金額が定まらないこともありました。


B:次に、ATMが実際にどのように 稼動するのかについてうかがいたいと思います。 ATMを搭載した四輪駆動の小型トラックが地区内を巡回し、 毎回違う場所に停車します。 スマートカードの保持者たちは そこにやってきて、カードを読みこませ、 現金を手にすることができます。 現金の引き出しの際、家族の代表者はスマートカードを PoS(ポイント・オブ・セール)ターミナルに読み込ませます。 これは、生体認証システムに、 ただ指をあてるだけという、 非常に簡単なシステムです。 このシステムにおいて「適切」と判断されれば、 自身のカードの入っている金額の 一部もしくは全額を引き出すことが可能です。 その際、メモリーチップに含まれている情報は 自動的に更新されます。


B:混乱やトラブルはありませんでしたか? ほとんどありませんでした。 このシステムを円滑に機能させるためには、 スマートカードをはじめ、 チップのデータの読み込みと書き込みが可能な PoSターミナル、生体認証の読み込み装置、 パスポート写真を取り込むための webカメラ、指紋データ入力のための指紋スキャナー、 さらにデータ入力とバックアップのための 専門ソフトが入ったラップトップなどが必要でした。 これらのハードウェアに囲まれ、 しかも慣れないシステムを前にしても、 ドーワ地区の人々は、 自分たちに必要なのはなによりも現金であり、 それを効率的に得るためのテクノロジーであることを 聡明に理解していました。 なぜ現金かといえば、そこには、 「このお金をどのように使うべきか?」 という選択と思考が発生し、 そのことが当面の家計だけでなく、 より長期的なスパンで見ても、 自分たちの生活向上に大いに役に立つことを、 人々が正しく認識しているからです。


B:システムの導入にあたって、 困難や苦労もあったと思います。 なによりも生体認証データを 正確に集めなくてはならないのですから。 乗り越えなければならない いくつかの壁がありました。 当初の壁は、まさにその全家庭の登録と スマートカードの発行です。 本来なら、家庭の代表者の10本の指すべてから 指紋を採取する必要があったわけですが、 これが予想以上に多くの時間を 要する作業になりました。 なぜかというと、マラウイの人々は 長年にわたって過酷な農作業に従事してきた結果、 指先が擦り切れて痛んでいる方が多く、 指紋採取にあたって何度も何度も スキャンしなければならなかったからです。 事業部ではこの事態を解決するために、 10本の指の採取から5本に切り替えて スピードアップを図りました。 さらに深刻な壁としては、データ管理の問題です。 システムを円滑に動かすためには、 コンサーン、OIBM、スマートカードのサービス会社のいずれもが、 各家庭の代表者の資料を入手する必要がありました。 今回のプロジェクトの立ち上げ以前は、 データ管理システムの開発や 情報収集を行うスタッフの育成よりも、 ハード面での諸問題にどう対処するか、 そちらのほうに計画が集中する傾向がありました。 その結果、不正確もしくは 不完全な情報を記録してしまったために、 スマートカードを使っても 電子的に自分たちの口座にアクセスできず、 銀行職員が手作業で現金を渡さなくてはならないような 事態も生じてしまいました。 同時に支払いの遅れや、 銀行口座の勘定調整にも 連鎖反応を起こしました。 しかしこうした支障は スタート当初に一部見られたもので、 全体として今回のプロジェクトは 大きな反響を得られたと考えています。


B:プロジェクト期間中にどれくらいの人数に スマートカードを配布したのですか? また各口座に割り当てられる金額は 平均してどれくらいになるのか、 またその頻度についても教えてください。 1万枚を少し超えるくらいのカードが配られました。 援助額は各家庭の規模に応じて 決定されるというのがDECTの革新的な点ですから、 「平均」という概念は成り立ちません。 送金は毎月行われます。 我々はさらに、少々複雑な家庭経済計算機を用いて、 とうもろこしの市場に値にあわせて、 毎月の金額を微調整していました。


B:スマートカードは主に 女性に向けて配布されたと聞きました。 その理由を聞かせてください。 また、伝統的に男性が実権を握っているかもしれないような社会にあって、 女性たちが困難に直面するようなことはないのでしょうか? スマートカードが主に女性に渡される理由は、 女性が男性よりも、子供の基本的なニーズに対して 責任を持っていたり、 個人の消費よりも家庭の消費を しっかり優先する傾向が見られるからです。 また女性は、スマートカードを持つこと、 ATMを利用できることが、 現金を引き出せるということに留まらず、 彼女たちがこれまで手にしたことのないような 公的なステータスや承認をもたらすもののように考える人が多く、 そこに付加価値を見い出しているように思えます。 男性の問題ですが、当初我々も、 現金を女性に渡すことがかえって 家庭内での暴力などを引き起こすことが あるのではないかとの危惧を持ちましたが、 これは杞憂でした。 マラウイの文化では、 受け取った現金は夫に見せることは必要ですが お金を渡す必要はなく、 女性は家庭のために 自由にお金を使うことができるのです。 女性に現金を渡すことで、 最も必要な目的のために使われるというメリットのほうが、 男性には渡されないというデメリットよりも大きいと、 地域全体が評価しているようでした。


B:マラウイで得た経験に基づいて、 コンサーン・ワールドワイドは今後、 他国でも同様のプロジェクトを展開する可能性がありますか? コンサーンは、携帯電話を用いて、 似たような現金支給システムを ケニアでも実施した経験があります。 近い将来には、 いくつかの社会的な保護試験プロジェクトを 実施する計画があります。


B:移動可能なATMを介しての現金援助は、 多くの組織間の協力や連携、 また機械のメンテナンス、 情報マネジメントなどの 技術的サポートを必要とします。 これらのことを踏まえたうえで、 ATMでの現金援助は途上国援助、 開発援助の未来にどのような方向性を 示していると考えられるでしょうか? ATMでの現金援助が 開発援助の概念を変えることがありうるのか、 あるとすればどのように変えるのか、 うかがいたいと思います。 今回のようなプロジェクトで現金支給を受ける人々は、 プロジェクト終了後も、 他の金融サービス、 特に貯金や払い戻しなどに アクセスすることができる可能性を重視しています。 このことは、DECTの試みにあって、 マラウイ・オポチュニティ・インターナショナル銀行を交えた 大きなメリットになっています。 DECTで現金援助を受けたマラウイの人々は スマートカードを今後も貯金や払い戻しサービスに 活用したいという希望があり、 銀行側はより多くの人々が 銀行を利用するチャンスを 得たと言っていいでしょう。 コンサーン・ワールドワイドでは こうした機運に少しでも応えるため、 DECT終了後も、助成金を提供して、 移動式バンキングサービスの利用期限を1年間延長しました。 大切なのは、援助の方法について、 被援助国も援助国も、 関与する様々な人々、スタッフ、機関が 対等に意見を交換し、 地元の事情や文化、経済を尊重しつつ、 持続可能な方法を模索していくことだと思います。


B:ありがとうございました。



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