今を生きるシャマニズム in 韓国



気軽に訪れることができる隣国、韓国。
しかし、その文化や考え方、
ましてや彼らの奥底に流れるものとなると不透明な部分が多い。
あらゆる矛盾、不条理を、
一瞬で飛び越えるシャマニズムという視点からの眺めを加えてみると、
今までと違った隣国の姿がうかびあがってくるのではないだろうか。


韓国国立民俗博物館


朝鮮王朝を代表する宮殿・景福宮の敷地内に位置する
韓国の代表的な博物館のひとつ。
さまざまな歴史的遺物を通じて、
韓国の人々の伝統的な生活と文化を学ぶことができる。
およそ86,000点の収蔵品、60年以上の歴史がある。入場無料。
2012年2月27日まで開催された国際シャマニズム特別展
「天と地をつなぐ人々ーシャマン」では、
当博物館シャマニズム研究者であるヤン氏が、
30数年にわたり収集した展示品と、
日本市立函館博物館、ロシアピョートル大祭人類学民族志学博物館、
ロシア連邦民族志学博物館、デンマーク国立博物館など
4ヶ国が所蔵する貴重な品々が公開された。

公式サイト:
http://www.nfm.go.kr/



2011年11月30日から2012年2月27日まで、
韓国国立民俗博物館で、国際シャマニズム特別展
「天と地をつなぐ人々ーシャマン」が開催された。
韓国、シベリア、ヒマラヤ、中央アジアからサハリンにかけて、
アジアの広い地域のシャマニズムの文化を一同に集めて公開されたものだ。
このような大規模な展示が韓国で行われることに驚きつつも、
韓国のシャマニズムの流れを感じるため
ブッククラブ回のスタッフ3人は、近いようでいて遠い、韓国を訪れた。



さむさとあたたかさ


 2月3日、韓国ソウルの仁川空港に到着。
雪が降り積もり、日本よりもぐんと寒く感じる。
荷物を受けとり、バスに乗ってソウル市内へ向かう。
空港を出てしばらく走ると、
小高い山の一面に十字架が挿されたキリスト教徒の墓地が広がっている。
この国のキリスト教徒の増加についてのニュースを思い出す。
韓国は、もともとシャマニズム、仏教、儒教、道教の要素があったが、
1950年以降、キリスト教が急速に広まり、
現在のキリスト教徒は人口の30%を占めている。


 夕方、道路が渋滞して市内まで1時間弱のところ2時間もかかったので、
市内からは、地下鉄に乗り換えて高麗大学へ。
今回、予めアポイントをとっていた高麗大学民俗学研究所長のジョン・ギョンウク先生と
その教え子で若手シャマニズム研究者ユン・ドンファン先生に会うためだ。


 夜8時過ぎ、大学近くの韓国家庭料理屋に到着。
2人は、御馳走しようと私たちを待ってくれていた。
挨拶もそこそこに、土鍋に盛られたボリュームたっぷりの牛肉のお粥、
キムチと薬味の青ネギが並べられる。
熱々の韓国風お粥はとても美味しく、寒いソウルを移動して冷えた身体を溶かしていく。
ジョン先生が、研究室で話しましょうと誘ってくれ、
食べ終わった私たちは研究室に向かった。


 高麗大学の前身は1905年に設立された普成専門学校で、
1946年に総合大学として創設された。ソウル郊外にあり、緑が多い環境だ。
学風は「韓国の早稲田」と呼ばれることもあり、在籍生3万5000人を誇る。
歴史的な重要建築と、モダンなデザインが混じりあい、
ドラマにもよく使用されるということだ。


 ジョン先生は古典小説と口碑文学の研究者だが、
お茶の伝道師としても知られている。
研究室に入ると、文献はもちろん、
壁には、韓国と中国のユニークな大小の仮面がひしめきあい、
茶道用の中国骨董品家具や多彩な茶具もあちこちにある。
ジョン先生は、中国雲南省産の8年物の貴重なプーアル茶と
菊茶を混ぜたものを私たちに淹れてくれた。
この発酵茶は、身体をあたためる効果があり、女性に良いそうだ。
何度も何度も漉す作業をおこない、1番最初に淹れたお茶は捨ててしまう。
2度目に淹れたお茶が私たちの前に出された。
味はというと、今まで飲んだことがないほど美味しく、深みのある熟成された味だ。
この日はお茶をごちそうになり、
翌日、ユン先生がゆっくりとシャマニズムの展示会場を案内してくれることに。
ユン先生は、韓国東部のシャマニズムを精力的に調査、
出版した論文の研究が評価され賞を与えられた。
翌日も忙しい中、親身になっていろいろと面倒をみてくれた。



「天と地をつなぐ人々ーシャマン」展示会場へ


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 翌日、朝7時半にホテルを出発し、展示会場の国立民俗博物館に向かう。
敷地の広さに圧倒されながら、民俗博物館の門をくぐる。
屋外展示の済州島の神像を見物しつつ会場に到着。
ユン先生と落ち合い、さっそく案内してもらう。
シャマンの衣装、太鼓、銅鏡、鈴、剣、矢、
神画・神偶、精霊仮面などの展示品をみていくと、
アジアの広範な地域のシャマンの装束・道具が類似していることに気づく。
身にまとう物、装飾品、音が鳴る物、
そして、神霊・精霊の宿るものに分類されるそれらは、
ほとんどが、金属、木、毛皮、布からできている。
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まわりを見渡すと、日本や中国からの観光客も多いようだ。
韓国の子どもたちも多く、視聴機から流れるシャマンの儀式の音楽に聴き入り、
展示物を興味津々に見ている光景には驚いた。
後日、聞いた話だが、
『太陽を抱く月』という王と女性シャマンの恋愛を描いたテレビドラマが
視聴率40%を超え、この特別展が、ちょうどドラマの放送期間と重なり、
大人だけでなく子どもにも周知されたということだった。


 お昼になり、昨日のお礼に、今度は私たちがユン先生を誘って韓国家庭料理店へ。
その店おすすめの豚肉とキムチの煮物、そしてマッコリを注文。
「お昼からお酒? 」と読者に思われるかもしれないが、
休日だったということもあり、大目に見ていただければと思う。
マッコリは、日本でもブームだが、豊富な乳酸菌の働きで整腸作用があり、
アルコール度数も低く韓国の大衆的なお酒なのだ。
打ち解けた雰囲気で楽しんでいると、
ユン先生から何ともラッキーな情報を得ることができた。
翌日に、ソウル市外の漁村で儀式があるというのだが、
なんと、それを執り行う女性シャマンは無形文化財に登録されているというのだ。
さらに、シャマンの儀式は屋内が多く、伝統的な屋外の儀式は最近では希少である。
まさか目の前で儀式を体験できるとは思ってもいなかった私たちは、
急遽予定を変更して明日の計画をたてた。

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 昼食を楽しんだ後、今回の展示会企画者のヤン先生に会うため、再び民俗博物館へ。
彼は、12歳の頃、精霊の声やシャマンの儀式の音が聴こえるようになり、
シャマンになろうとしたが、家族の反対にあい断念した過去を持つ。
もともと成績は優秀で、高麗大学進学後は
米インディアナ大学に留学し、文化人類学を学んだ。
研究内容は、シャマニズムを含めた無形文化財が、
政治・経済などの制度的影響でいかに変容するかについて。
彼自身がシャマン的素質を持ちながら、シャマニズムを学問的に研究したため、
帰国後はシャマンと研究者の双方から疎外されてしまって、
孤独な彼独自の研究は10年間続いた。
しかしその間に、韓国・シベリア・ヒマラヤなどフィールドワークを精力的に重ね、
今ではとても貴重なシャマンの装束や道具を収集するに至っている。
韓国シャマニズム文化と、シャマンの地位は、度重なる弾圧を受けてきたが、
現在は見直され、彼の研究も高く評価されている。
最近は、研究者としての活動の一方、シャマン支援協会を設立して、
100人を超すシャマンたちの代弁者として会長を務めている。



シャマンの見る未来


ヤン先生に話を聞く。


B:国際シャマニズム特別展の動機・目的は何ですか?


ヤン先生(以下、Y):シャマニズムについての考え方は、みんな様々なので、
一度、見せることによって、観客の感想を知りたかったということがあります。
人類の最初の文化は、シャマニズムの信仰から発し、
シャマニズムがあるからこそ人類は文明へと進みます。
誕生、食事、成長、悩み、痛み、死、死後の世界など、
人間のすべてがシャマニズムと関係があります。
それは、人類に関わる全てにシャマニズムがあり、
一人ひとりの人間すべて関わっているということです。
そのことをこの特別展を通して、総体的に見せたかったのです。


 第一印象から、優しくて気さくなヤン先生だったが、
シャマニズムについて、いざ話し始めると一言一言を慎重に選びながら話し、
長く辛い研究時代があったからか、深い想いがこめられていて、
聞く私たちの意識がどんどん覚めてくる感じがする。


B:モンゴルでは、今後シャマンが増えるだろうという予言があります。


Y:韓国の先祖の言い伝えにも、どこにでも生えるヨモギみたいに
シャマンが増えるだろうとあります。
その通り現在では、シャマニズムは生活と密着しています。
日本の占いなどでは、時間に制限があると聞きました。
韓国では、シャマンへのお礼として謝金は発生しますが、
時間の制限はなく、自分の時間が終わっても、
その場にいてずっと話を聞くことができる。
これは韓国で食堂に行くとキムチが必ず出てくることと同じで、
日常的存在なのです。
最近特に、地球規模、民族規模で大きな災害が見られます。
今、シャマンたちと上手に向き合うことができれば、
永遠の幸せを呼ぶことができるのです。


 また彼は日本の震災についても言及した。


Y:今の日本は地震や原発など災害に直面して、
いわば災害多き国となっています。近い国同士は、影響を受け合います。
正直、私自身は、日本に対して複雑な思いがありますが、
隣国として日本を愛しています。
もっと希望を持ってほしいし、幸せになってほしい。
今回のような大震災に遭ったのは、
やはり霊の文化が、政策的、生産的、制度化されることによって
役割を十分に発揮できていないからだと思います。
それから、霊の文化はすべて東から始まっています。
シベリアからヒマラヤまで、すべて東です。
その間に、日本と韓国がある。太陽は東から光り始めるのと同じです。


 欧米からみると、中国、韓国、日本、タイなどの東アジアは東の国だ。
ヤン先生は、東アジアの霊文化を強調した。


 その夜はホテル周辺の韓国料理店で夕飯をすますことに。
迎えてくれた70代の女性は、7年前に開店するまでは専業主婦という家庭的な雰囲気。
身振り手振りで意思疎通を図ろうとしたところ、
「日本人ですか」と日本語でほほ笑んでくれた。
人気だという海苔巻きと、ラーメンを注文。
韓国ノリでつくる海苔巻きは確かにおいしかった。
しかし、出てきたラーメンはなんとインスタントラーメン。
韓国の人はインスタントラーメン好きで、
韓国の文化=ラーメンと言えるほど非常に身近な存在だから、
料理屋に出てくるのは当たり前だというのだ。
ラーメンの国、韓国と思いつつ店を後にする。



無形文化財のシャマン


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 2月5日、私たちは、無形文化財のシャマンの儀式の現場に着いた。
だが、何となく祭壇の準備はされているものの、人がまったくいない。
一番のりだったのか? 
息は白く底冷えする寒さだ。
ドラム管に火は焼べられてはいるものの、炎は今にも消えそう。
その弱い火に当たりながら寒さに震えていると、
何やら遠くから、シャーンシャーンという銅鑼や、
ラッパや太鼓の打ち鳴らす音が近づいてくる。
カラフルな衣装を身にまとったその団体は、
たちまち私たちの近くへやってきた。
彼らは、一番最初の「山の神を祭壇まで連れてくる」儀式を行うため、
山へ行き、戻ってきたところだったのだ。
シャマンと思われる高齢の女性と、
10名程の太鼓や鈴などの楽器を携えた見習いらしき男性たち、
そして村人たち、全部で2、30人はいる。
彼らは、私たちにすぐさま気づき叫んだ。
「何やってんだーこんな寒いところで!」
「日本から取材しにきました!」
「これからご飯食べに行くからついて来い!」
私たちは、すぐさま彼らの車に乗りこんだ。


 村の食堂に到着。
席についてバイキング形式の朝食をとる。
本格的なカメラを携えた40代と60代位の男性と同席になり話を聞くと、
それぞれの本業とは別に、個人的にシャマンの儀式を追いながら
全国各地を撮ってまわり、簡単な上映会を開いているという。
シャマンのおっかけのような存在の彼らは、
より多くの人に韓国の伝統行事を知ってもらいたいと、
使命感をもっている様子だった。


 食後、再び車で祭壇のある会場まで乗せてもらう。
ドラム管の火は、ごうごうと燃えたぎり、
人も増え、会場はすごい熱気につつまれている。
儀式の中心人物である女性シャマン、金錦花(81歳)さんの取り仕切るこの儀式が、
韓国重要無形文化財第82号に指定され、今回で29回目を迎える。
儀式が始まった。
男たちが、音楽を奏でながら海の方へ向かう。
海の神に挨拶を行い、守護を願い、祭壇へもどる。
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日本の神棚と比べると、祭壇がとても豪華なことに驚く。
林檎、蜜柑、バナナなど果物や餅がそれぞれ皿に入れて数重にも重ねて供えられ、
壁には、韓国の神々を描いた神像が貼られている。
祭壇が豪華なように、シャマンの服も色鮮やかだ。
ふと目に留まる。
演奏する楽団たちに混じって、金髪の白人女性がいる。
金さんの元で修行中の弟子で、ドイツから来ているという。
原因不明の病になった彼女の知人が、
金さんに会って改善したという話を聞き、彼女も韓国まで来たのだ。
アジア人に混じって着物風の衣装を着て、
はちまきのようなものを金髪の頭に巻いている姿が何とも印象的だった。


 祭壇の前で金シャマンは、他の女性シャマンとともに神歌を歌って、
身を振り踊り続けている。
儀式の場での歌や楽器の音、踊りは、生の根源から湧き上がってくる創造だ。
そして、民俗と地域文化に深く根ざしたドメスティックなアートでもある。
一瞬、目が丸く大きくなってトランス状態に入り、神の降臨が示される。
その間、村の責任者がそれぞれの祭壇に供えられてある
豚の口に金銭を封筒に入れて捧げ、3回跪いて拝んだ。
村人の中に、金銭を祭壇に供えて3回深々と跪いて拝んでいく人がいた。
話によると、これは先祖や神々の恨(ハン)を解き、
一年の無事と幸運への願いだという。


 正午近く、食事が用意され、豚の焼き肉、酒などが見物客にも振る舞われた。
儀式の最中はいくら食べても飲んでも、
決して満腹にはならず、酔わないのだという。
降臨してきた神々と共に食し、守護を受けるからだ。
しかし、シャマンらは一切口に含まずにひたすら踊り続け、
服や持物を頻繁に替えていく。
守護霊や神によって変える必要があるという。


 儀式もいよいよ終盤、40代の女性シャマンが、
緑の服に着替え、水が入った窯の上に上がる。
龍の神を体に憑依させているという。
観客は、自分の健康や運について尋ね、加護を求めた。
龍神は、観客たちと冗談交じりに話しあい会場は熱気と笑いに溢れていた。
シャマンたちが客に果物を与え、人々はお金を彼らに渡して終了。
6時間ほど続いた儀式が終わり、時計は午後2時を回っていた。
すぐそばで、子どもたちが、韓国のユンノリという、
箸から短い4本の木を空中に投げ、落ちた形を見て駒を移動させる遊びを楽しんでいた。
その光景は大都市ソウルの郊外だと思えず、
遊ぶ子どもたちの笑い声が絶えず、生命力がある。
私たちは、ほどよく疲れホテルへ戻ると、
飲んで大分経った今頃、酔いが回ってきた。
もしかすると、満足した神々が離れていったのかもしれない。



恨(ハン)とその解消法


 今回、何度か出てきた「恨」について少し紹介しておこう。
朝鮮半島の精神文化は、恨の文化で、
韓国人の心の底に恨があると言われる。
恨は、韓国の伝統芸能や民謡を始め、日常会話に至るまでしばしば登場する。
恨を表記する漢字の「恨」は、日本語の恨みというネガティブさを連想させるが、
それだけでは恨を説明できない。
恨の概念ついて、韓国の詩人、高銀は『恨の省察』の中で、
「永久的絶望が生んだ諦念と悲哀の情緒」と指摘した。
恨は、韓国人の感情と深く関わり、国民性として形成された背後には、
長い歴史の中で、韓国がおかれた政治的、経済的、宗教的状況があり、
それによって蓄積された。
歴史上、支配階層の民衆に対する過酷な税金の取り立て、
異民族によるたびかさなる侵略、服従を経験し、
抑圧と屈辱、そして葛藤の長い歴史がある。
それは、個人的なレベルと制度的なレベルの不満・公憤として表出する。
朝鮮王朝(1392-1910)は中国漢民族の儒教の道徳に基づく統治体制だった。
儒教の根幹をなす、「忠と孝」(臣間の忠誠、親や先祖を敬う心)、
「長幼の序」(地位・年齢・先後輩の序列)という道徳規範が
韓国人の心に浸透している。
また、儒教的な死生観が色濃く息づいていて、
死者の霊魂は、子孫・生者へと持続する。
死者の恨、すなわち、生前の不満、怨恨、無念、未練が
霊となった死後の世界でも続く。
そのネガティブな思いが子孫や関係者に様々な形で働きかけ、
不幸を引き起こすことがある。


 シャマンに頼んで、恨を解くことによって、死者の不満の心を和らげ、
起こりうる祟りを防ぐことができると考えられている。
この儀式は、死後一定の期間で行うことがあれば、
シャマンに指摘されて行うこともある。
例えば、あるクライアントがシャマンに金運をよくしてくれるよう依頼に行く場合、
まず恨をもつ先祖の霊の思いを解放してから、金運向上の儀式を行う。
シャマンは、生者と死者の境界を超越し、先祖と子孫の関係をただす。


 帰国日、空港へ向かうタクシーの中、運転手が話しかけてきた。
「結婚はしないの?」
「私は独身で生きていきます。」
「ご両親に恨がのこるよ。せめて、今はしないけど、
 相手が見つかればと言ってやりなさい。」
なるほど。こういう時にも使うのだ。
一般的なカルマや邪気とも違うという、
日本語にはない恨を、私たちが理解することは、
同じアジア人として意味あることだろう。
今回、韓国に行ってみて感じたことは、
韓国には、シャマニズムが日常にあり
彼らのアイデンティティとしてあるということだ。
自分たちの伝統文化に誇りを持って生きる
韓国のダイナミックさがその底流に横たわっている。
韓国らしさで生きることが
韓国人のパワーの中軸となっているということを垣間見た。
遠くに感じていた韓国が、近く感じられた今回の旅だったと思う。




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