アートの仕事術

- interview with ノーマン・ベンデル -

自己の感情や感覚を表現せざるを得ないアーティストたち。
心の内をそのままに見て、紡ぎ、表現する。
そこに他者は介在しない。
けれども、そこに他者や社会が浸透すると
制約や葛藤が生まれる。
彼らは、逡巡し、それを乗り越えようとする。
その考え方を探るため、長年ニューヨークで活躍している
イラストレーター、ノーマン・ベンデルさんにお話を伺いました。


ノーマン・ベンデル Norman Bendell


1943年シカゴ生まれ。
ミリケン大学を2年で卒業後、
アメリカンアカデミー・オブ・アーツで3年間美術を専攻。
1969年、ニューヨーク移住後、パナソニック、
電通、Al Paul leftonなどで、アートディレクターとして従事。
その後、初めてイラストレーターとして活動した
キャンペーンが「広告賞」を受賞。
それ以来、大手企業の広告や雑誌、新聞で、
大活躍し、数々の賞を受賞。
本のイラストも手がけるようになり、
“The Care andKeeping of You”はベストセラーとなる。
また、“ Kitchen Table Therapy”と
“Does God Have an Email Address?”という
2つの本が今年出版されたばかり。
現在は、奥様とニュージャージー州に在住。

公式サイト:
http://www.normbendell.com/








B:ベンデルさんの描くイラストは やわらかい色と繊細な線が印象的です。 また、どことなく懐かしさを感じ、 みる人は、メッセージを読み取る楽しさがあります。 昔から「文字は人なり」といわれるように、 手描きの絵もその性格や性質を表すと思うのですが、 ベンデルさんは、描かれるイラストに登場するような 子ども時代を過ごしたのですか?  また、イラストレーターとなったきっかけを教えてください。 少年時代はシカゴの田舎で自然に囲まれて育ちました。 森を駆け回り、大きな沼地を探検する、 まるでハックルベリーフィンの話にでてくるような少年で、 冒険に満ちた日々を過ごしていました。 私が騒がしくしていると、 母親は決まってペンと紙を用意しました。 それで数時間は絵を描いて大人しくしていたそうです(笑)。 上手だったかはわかりませんが、 とにかく絵を描いて過ごしていました。 その頃からずっとアーティストになりたいと思っていたんですね。 小学校一年生のお絵描きの、花の絵を描く時間、 他の生徒は花びらの色を塗っていましたが、 私は花の絵の外、つまり何もない背景ばかり色を塗っていました。 とにかく背景を描き足していました。 ハロウィンで、近所の店に絵を飾るコンテストがあり、 私の絵が優勝したのです。 そこで初めて「僕の絵は上手なのかな?」と思いました。 でも、真剣に勉強していませんでした。 というのは、チューバが好きで、 大学の奨学生に推薦される程は才能があったので、 音楽の道に進むと漠然と感じていました。 しかし、音楽の生徒としては良い生徒ではありませんでした。 他の生徒は熱心で、真剣に取り組んでいましたが、 私はただ楽しみたかったんです。 次第に疑問をもち、 「自分が何をいったいやりたいのか」を考えました。 そこで浮かんだのが、暇さえあれば、 いつも絵を描いていることだったのです。 大学2年の時に、美術学校に再入学し、 毎日8時間絵を学びました。 しかし、他の生徒に比べると、 基礎ができていない私は結構遅れていて、 毎日が挑戦でしたね。 NL94_01


B:約40年間、イラストレーターをされてきて、 プロとして大切なことは何だと思いますか? アートは安定した分野ではありません。 今日、人気があっても、明日は新人が時の人となります。 作品が日々評価に晒される厳しい世界です。 私のイラストも、みんなに面白いと ちやほやされる年があるかと思えば、 次の年には、流行の最先端は写真になったりします。 時代のトレンドによって、 自分のスタイルを変えていかなければなりません。 最初はいろんな作風を試みましたが、 シンプルで、ふらついた線を使った技巧がうけることがわかり、 今のスタイルを確立していきました。 私の描くキャラクターたちの鼻も前は大きかったのですが、 今は小さくなりました(笑)。 アート業界では適応性を養うことが不可欠です。 時代と進み、チャンスと動くのです。 卒業後、プロの画家になる道もありましたが、 何をやりたいのかまだわからなかったので、 まず、アートスタジオで仕事をすることにしました。 様々な分野のアーティストに出会い、 フォトリタッチなどの技術を学びました。 次第に、自分がアートディレクターとして才能があることがわかり、 絵もイラストも描けるディレクターとして、 いろんな分野の広告を手がけました。 アート業界で成功するには、 自分にあったニッチな適所を開拓することです。 若者には、美術学校で、どんな分野を専攻していたにしろ、 基礎だけはしっかりと身につけておくようにアドバイスします。 どんな仕事がくるかわからないからです。 いろんな仕事に挑戦して、 自分に適したニッチな市場を探していかなければなりません。 アートディレクターとして自分の適所が見つかったことは 私にとっては幸いでした。 ユーモアのあるイラストの方が、 人は覚える確立が高いという統計もあります。 いつまでも人の心に残るのは、雑誌の中のどんな記事よりも、 一枚のシンプルでユーモアあふれたイラストかもしれません。 私自身もちょっと意地悪なユーモアの持ち主で、 いたずら好きです。楽しくないとね。 ユーモアは大切ですし、人間が好きでなければなりません。 人を観察するのが好きですね。


B:世界中の多くのアーティストが ニューヨークに憧れをもっていると思います。 めまぐるしく流行が変わるニューヨークでの仕事とは、 どのようなものですか? 初めはシカゴで仕事をしていました。 その時に、ニューヨークから若者がやってきて、 才能ある地元の人間を押しやり、採用されたのです。 ニューヨークからきたというだけです!  ニューヨークに行かなくてはと私も思いましたね(笑)。 そして、シカゴに戻ってもっと良い職に就こうと思ったのです。 しかし、ニューヨークでの職探しは大変です。 シカゴから来たばかりというだけで、門前払いをうけ、 やっとのことで仕事が見つかったときは、 それは嬉しかったですね。 それ以来、シカゴには戻れなくなりました(笑)。 ニューヨークで仕事をすることは、 どんな分野であっても大きなキャリアステップになるからです。 職歴にニューヨークの文字がつくとまるで違うのです。 シカゴでは「良い仕事をしなさい。 多少時間がかかっても仕方がありません」 というスタンスですが、 ニューヨークは「最高の仕事でなければだめ。 期限は明日まで。さもないと他人へ仕事をまわす」 というわけです。 早朝から夜遅くまで会社にいる仕事中毒の生活でしたね。 アーティストの立場からすると、 日本やヨーロッパの企業と仕事をすることは、 困惑することも多少ありますが好きです。 彼らは、作品が生まれるまでの過程や苦労を理解してくれます。 一方、アメリカでは、 「あなたは私のために何が出来る? 代価はいくら? 」 が最初の質問です。 全く違った精神構造ですね。 しかし、不運にも、アートで成功するためには アメリカ式のビジネスに慣れていかねばなりません。 多くのアーティストのビジネスのやり方ときたら悲惨です。 まったく常識に欠けている人も少なくありません。 自分の作品を人が崇拝することが当たり前だという考えがあり、 嫌いな人もいるということがわからないでいます。 象牙の塔に住んでいる神ではないのです。 客を喜ばせるという考えがわからないのです。


B:客を喜ばせるとお話にでましたが、 依頼者の中には、ベンデルさんの描きたい絵を 思うがままに描いてほしいというような、 仕事に自由を与えてくれる方はいますか? 稀ですがいますね。 そのような依頼者にはとても感謝しています。 私もそれに応えるためにも、 彼らを喜ばせるようなイラストを心がけてきました。 アーティストとしては、100%自由が持てるということは、 解放されたような自由な気持ちになれます。 が、同時に良い作品を仕上げなければならない という緊張感もあります。 NL94_02


B:多くの企業と仕事をしてきて、 何を学びましたか? 広告業界では、相手が何を求めているのかを理解し、 それを達成するために必要な事を分析し、 最良の手助けをするということです。 イラストレーターとして成功できたのは 読者と対話を大切にしてきたからだと思っています。 テレビコマーシャルを手がける時も、 私の描くキャラクターは、 お茶の間の視聴者にちょっとしたウインクを忘れませんよ(笑)。 私が描く人物はどことなく チャーリー・チャップリンに似ていると思います。 ユーモアがあって、でも、少し自分に自信が持てなくて。 有名なスポーツ選手や企業の成功者と 出会う機会が多々ありましたが、 すぐに理解したことは、みんな同じだと言うことです。 私や読者や世界中のすべての人が、 自分に対して、どこか不確かな要素があります。 自信がなく、世界に嫌われていると誰もが心配しています。 自己不信の原因は人それぞれです。 私の場合は、学生時代に学業成績があまりよくなった ということが理由なのかもしれません。 頭は良かったのかもしれませんが、 紙切れのテストとなると大嫌いで、集中できませんでした。 しかし、知性にもいろいろな種類があり、 テストで測ることは出来ないということも学びました。 数字や専門用語が多く、理解しにくい退屈な投資情報も、 私は、さっと目を通すだけで、 何をいわんとしているのかを理解し、 イラストにしたらどうなるのかを頭に描くことができます。 それが私の才能だと思っています。


B:40年前と今では、イラストを描く環境は、 テクノロジー技術という点からも変化してきていると思いますが、 テクノロジーとの関わりをどのように考えていますか? インターネットの普及で、 人は今まで以上に頻繁に対話するようになりました。 私は即飛びついた訳ではありません。 他人から中傷を何度か受けたこともあり、 しばらく放っておいたこともあります。 自己宣伝にあまり興味はありませんが、 新しい出版の宣伝のために、 今は、フェイスブックやリンクインなどのSNSにも 不安ながらも足を突っ込んでいます。 本のイラストの仕事が増えてきたのは、 時期的には良いタイミングでした。 なぜなら、業界も広告費を削っており、 新しい分野へ参入が必要でしたので。 インターネットの普及は、 イラストレーターにとっては新しい挑戦です。 イラストや挿絵の無料ダウンロードが増えています。 また、これは将来のことを考えない愚かな行為ですが、 プロでも、作品をストックとして大量販売してしまい、 安価な作品が出回るようになりました。 コンピューターは今では手放せなくなりました。 甘やかされています。 作品も、昔は、フェデックスやファックスで送っていましたが、 今は、そんなもので送ったら、誰も相手にしてくれません。 絵は、スキャンして、Photoshopで色などを調節して送ります。 昔は、出版社の思うままでした。 いったん、印刷すると一切、手は出せず、出版されてから 「え、どうしてこんな色になってしまったんだ」 ということも度々でした。 通信技術の革命は、これらかも私たちの生活を揺るがし、 多くのことを変えて行くことでしょう。 社会を良い方向へと導くものと確信していますが、 油断はできません。 法律の整備も必要です。 アーティストも昔には戻れませんし、 社会の進化に対応し足を動かし前進して行くのみです。


B:ベンデルさんのイラストは、 扉や光や神秘的なイラストが多いように思います。 私たちの日常は多くのことに囲まれていて、 気づいていないだけで、 たくさんの影響を受けていることがあります。 扉や枠、光など、 私のイラストには多くのシンボリズムが登場します。 扉は、一つの時代が終わり、 新しい時代が始まるという意味があります。 例えばこのイラストで人物が、 テクノロジー発達を告げる扉の向こう側ではなく、 まだこちら側にいるのは、 私の心の中でテクノロジーを絶対視したくない という気持ちがあるからです。 ただ、テクノロジーがもたらすマジックは伝えたい。 NL94_03


B:精神、アート、現実の世界は どのようにつながっているとおもいますか? 深く繋がっていると思います。 創造性は精神性と繋がっていないと生まれてきません。 アイデアを探すときは、精神的なガイダンスを求め、 ポジティヴで、正しい、前向きな思考を心がけています。


B:前世については、どうお考えですか? 子どもの頃、木の上に小屋を作り遊んでいました。 それと関係あるかは不明ですが、 後に、私の前世はアメリカインディアンの イロコイ族だということを知りました。 夢で見たのです。 イロコイ族は母系制度で、 女性家系のもとに何世代もの家族が住んでいたので、 住居は30人は優に住める大きさです。 また、私の妻は、霊能力に長けた女性ですが、 ある晩、床に座っていた私が、 イロコイ族に変貌したというのです。 髪がなくなり、顔は塗装され、 動物の皮でできた服を着ていたというのです。 イロコイ族は北アメリカに広く分布し、 他の部族を支配していたインディアンです。 ひとつひとつの枝は弱いが、 大木のように、ひとつの幹として結ばれていれば 強くなると説く進歩した部族です。 支配下の部族からは、人質をとり、 種族内での平和を維持する約束を取り付けていました。 アメリカは、イロコイ族から政府構造などを学び、 憲法作成にも助言を受けたと言われています。 母系制度のイロコイ族の主導権は女性にありました。 酋長も女性が任命しました。 女性が常に決定権を握っていたのです。 私も、妻の言うことは常に正しいと思いますよ(笑)。


B:インスピレーションはどんな時にわきますか? 何の偏見ももたずに、 心を開いて周りを見ることを常に心がけています。 心を閉ざして、自分が見たくない物は 見ないという人も多くいます。 それは簡単なことです。 私は、郊外にある自宅兼スタジオで一日中過ごすので、 人と会う機会も少なくなりがちです。 しかし、社会で何が起きているのかは いつも意識しています。 朝、起きたら、身支度を整え、 近くの店にまず、ベーグルを買いに行きます(笑)。 そして、新聞を買います。 こうした日常の中でも マイクロコズム(宇宙の縮図としての人間社会)を 多く観察できますよね。


B:誰もが子どもの頃はもっていた 冒険心や夢を保つことについてどうおもいますか? 子ども心を持ち続けることは大切です。 多くの人が想像力や希望や夢を、 成長するとなくしてしまいます。 子どもの頃は、やりたいことやほしいことなど、 絶対に無理なことでも気にせずに、 イマジネーションを膨らませて 多くの夢や希望を抱きます。 大人になっても、そんな気持ちを持つことに害はありません。 100年後や未来に、夢がかなうかもしれませんし。 NL94_04


B:アートは社会のためになにかできると思いますか? よく冗談で言うのです。 「ゲイのカップルが引っ越してきたら、 その近所はきれいになっていくよね」と。 彼らは自分たちの家をきれいに修復し、 周りを美しく掃除し始めるでしょう。 そうすると隣人たちも、 自分の家や庭を修復し始めるのです。 みんなが自宅の裏庭を見直すことだと思いますね。 ひとりが裏庭をきれいにしたら、 それを見た近所の人も、自分もあのような、 きれいな裏庭を持ちたいと思うでしょう。 人が見習うようなことを、 自分から率先して始めることです。 隣の裏庭を批判するのではなく、 まず、自分の裏庭をきれいにし、 隣人がそれを見習うようにするのです。 人に優しくすると、誰もが優しくし合うようになります。


B:どうもありがとうございました。




BOOK CLUB KAI  [ home ] [ contact ] [ link ] [ privacy policy]・・・ [ back ] [ page top ]
Copyright (c) 1989-2014 BOOK CLUB KAI  All Rights Reserved.