天才と狂気

- interview with 草間彌生 -

人間には、一つの止められない欲がある。それは「なぜ?」と問うことだ。
何かを問うていくと、いずれは根源的な問いに辿り着く。
しかし、創造は「問い」では無い。それは問答無用にとめどなく起こってくる力。
相対する二つの方向性は、全く別の質を持つ。
際限なくあふれ出る創造の力の中に身を置くことは、
人間の分別を捨てることでもある。
それをある人は、狂気と呼ぶかもしれない。
アウト・オブ・コントロールの次元。
世界的アーティストである草間彌生氏は、
自らの存在を賭けて、その創造の海の中を泳いでいる。

草間彌生(くさま やよい) プロフィール

1929年 長野県松本市に生まれる。
10歳の頃より水玉と網模様をモチーフに絵を描きはじめ、
水彩、パステル、油彩などを使った幻想的な絵画を制作。
1957年 渡米。ニューヨークにて、巨大な平面作品、ソフトスカルプチャー、
鏡や電極を使った環境彫刻を発表する。
60年代後半には、 ボディ・ペインティング、ファッション・ショー、
反戦運動など多数のハプニングを行う。 
自作自演の映画『草間の自己消滅』は第4回国際短編映画祭等に入賞。 
1973年 帰国。
美術作品の制作、発表を続けながら、小説・詩集も多数発表。
1983年 小説『クリストファー男娼窟』で第10回野生時代新人文学賞を受賞。 
2000年 第50回芸術選奨文部大臣賞、外務大臣賞を受賞。
その他、世界各地の受賞歴多数。
現在も精力的に活動を続けている。

  K:草間彌生さん  T:高倉功さん(秘書)  B:ブッククラブ回


B:画家でも音楽家でも文学者でも、今までに表現を極めた人というのは、
  ある種の境界を行ったり来たりしていると思うんです。
  中には、行ったきりになってしまう人もいます。
  草間さんは、自分の中の異常というか、
  普通ではいられない部分と折り合いをつけながら、
  それでも長い間表現を続けてこられたわけですが、
  どうしてそういうことができたとお考えですか?


K:そうねえ…。結局、作品を見てもらえばわかると思うの。


B:作品を作っている時というのは、自分の中で、何かを考えているのでしょうか?


K:全然。無我夢中で入り込んで描いているから、考えてなんか描かないわよ。
  描いているとこうやって、もう床にまで描いちゃう。
  だから言葉で表現できないわけよね。
  それでもう倒れちゃったりとか、止まらない。


B:そういう時、草間さんはどんな状態なんでしょうか?
  自分というものがあるのでしょうか?


K:結局、それをみんな答えられたら、私、絵をやめると思うわ。
  言葉で言えないから、絵を描いたりいろいろ作ったりしているんですけど、
  それが発展して環境芸術になったりハプニングになったり、インスタレーションになったり、
  パフォーマンスになったりするんです。
  水玉を描かなくてはいけないから水玉を描くというんではなくて、
  自然とそういった物が見えるわけ。
  今、聞かれた事というのは、とても抽象的な質問ばかりで、
  どう答えたらいいかわからないのだけれど。
  私は、作品や本を見る人にそのまま感じてもらいたいの。
  あなたは、どんなことをお感じになったの?


B:私が草間さんの自叙伝を読んだり作品を見て感じたのは、
  人間は普通でしたら、恐怖感とかそういったものを自分を鈍くして感じないようにしたり、
  押し込めて遠ざけることで生きようとするのに、
  草間さんは、自分の体と心を傷つけることも覚悟の上で、
  それでもあえて外に表現するという事をされたのではないかと思いました。
  それは、一種の行のようなものかもしれません。
  草間さんが長い人生の中で、次々と作品を出されて表現されていった、
  同時にそのことによって草間さんご自身も生き延びてこられたのかな、と、
  そういった感想を持ったんですけれども。


K:その通りです。とてもいい答だと思います。よく感じをつかんでる。
  率直に言うとね、たくさんの人に読んでもらって、いろいろなことを感じてもらって、
  それは自由なんですよね。どういうふうに感じるか。
  ひとりひとりみんな感想は違うと思うんですね。
  それでいいと思うんです。
  だから、私がこういう風に言ったから、とそういう風にして読まないでほしい。
  読む人の自由に任せて、頭の中を空っぽにして、そして読んで感じてほしい。
  私が橋渡しすると、それが受け取る人の潜在意識の中に入ってしまって、
  作品がうまく伝わらないわけですよ。
  感動するところまで私がひっぱっていくんじゃなくて、本を直接読んで感動してほしいんです。
  本を読んだ人が「勇気が出た」って手紙をよこすんだけど、
  読む人に、私から感動しなさいよ、とか、本を読みなさいよ、とか、
  セックスがこうだからとか、そういうことは与えたくないわけです。
  読んだら必ず突き当たるものがある、
  誰にも。私自身そのことを実験したいわけです。


B:おっしゃる通りだと思います。
  読者に草間さんの世界を伝えたいと思うと、質問者としては、
  どうしても観念的な事をお聞きしてみたくなってしまうのですけれど。


T:たしかに難しい質問ですよね。先生の側に立って考えれば答えづらい。
  非凡な存在を、普通の人が考えようとすると、「なぜですか?」って聞くしかなくなってしまう。
  でも非凡な人にとっては当たり前のことで、
  「なんでそういう質問なの?」っていうことになっちゃうんですね。


B:それでは、ちょっと関係ない事をお聞きしますけれど、
  ライヒという心理学者を草間さんはご存じですか?
  草間さんのパフォーマンスについて知った時に、
  性の革命家と言われたライヒと共通したものがあるのかな、と感じたのですが。


K:聞いたことはありますけど、私はライヒとは何の関係もありません。
  だいたい、精神分析みたいなものはもう古くて、ニューヨークでもおよびじゃないし、
  日本でもオールドファッションなんですよ。
  ニューヨークでフロイト派の精神科医についたために、絵を描くのがだめになったの。
  なぜかっていったら、フロイト派というのは何もかも全部、分析しちゃうでしょ。
  分析じゃなくて構築するのが私の仕事なのね。
  私がかかった医者は、フロイト派のものすごく優等生なわけね。
  ニューヨークで5〜6年受けたんだけど、今考えたら噴飯ものなのね。
  「先生、頭が痛いんですけど」って言ったら、その日朝から何があったかを全部言わせるわけ。
  それを分析するわけ。
  私の悩みって、全部芸術でもって表現したいわけですよ。
  絵を描くでしょ。そうすると「あなたはなぜこう描くんですか」って言って分析する。
  そのために私は絵を描けなくなってしまう。絵がどんどん遠ざかっていくんですね。
  「具合が悪いから助けてください」と言うでしょ。
  そうすると精神安定剤をよこしたりするんです。
  絵を描きなさいとは言わない。薬をくれたり分析する前に、
  それを絵に持っていきなさいとは言わない。
  私がもし医者だったら、「あなた絵を描きなさい」とか「音楽を聴きなさい、作曲をしなさい」とか、
  そういう風に言いますよ。
  フロイト派の療法を受けた人たちは、芸術的に劣等生になっていくと思うんです。
  やってかれないと思うんです。
  フロイト派の医者は、私が絵を描かなくなった状態を、
  「草間さんは治った」って、こう来るでしょ。
  そうじゃなくて、私の場合は作って作って作り上げていくんです。
  だけど精神科医は作るエネルギーがなくてもいいところまで、分析しちゃう。
  だから今の時代を生きていくには、フロイト派だとか、ライヒとかそういうのは消えてほしい。
  火をつけて燃やしてしまいたい。
  だから私は医者を止めたんです。


B:それをご自分で気がついて、抜け出したというのはすごいですね。


K:フロイト派の精神分析を受けたことが、自分の生涯にとって
  一番最悪の事態だったと思ってます。
  だから、それを止めて、自分自身で絵を描き出したわけ。
  網を床にまで描いちゃうでしょ。
  フロイト派の医者は「なんでそんなことするんですか?」って聞くでしょ?
  ただ私に描かせればいいんですよ。
  だから断ち切ったわけですよね。


B:草間さんのお話を聞いていて、昔、ニジンスキーというバレエダンサーが、
  踊るのを止めたとたん狂気に走って、
  若くして死んでしまったことを思い出しました。


K:フロイトは、ウィーンの上流階級の女の人たちのヒステリーを治したって言うけど、
  彼がちょっかい出さないで、彼女たちに筆をもたせたら、
  すばらしい絵を描いたと思うわ。
  フロイト派に大反対です。
  フロイトではずいぶん損した。
  時間の損失だったと思います。
  私そのころお金なかったから、自分の描いた絵で治療費をとってもらったんだけど。
  私は今、精神病院にいますけどね、25年も。
  フロイト派とは違うことをやっているの。
  どこも悪くなくても病院に、いるわけですね。
  なぜかっていうと、頭がめちゃくちゃになった時、
  看護婦さんを呼べればいい、っていう感じなの。


B:お薬は飲んでいらっしゃるんですか?


K:胃の薬とか、風邪薬とかは飲んでます。
  風邪薬を飲むと腰痛が治るから。
  若い頃、ずっと絵を描いてたでしょ。
  だから、負担がかかって腰痛になっちゃったわけですね。
  それを直そうと思って、マッサージ診療とか腰痛を治す専門の所へいくと、
  かえって腰痛になるわけですよ。
  1回行くとベッドの上で6日休んじゃう。
  行かないでいると、自分の体で治るわけですね。
  選択は自分自身にあるということなんです。
  医者ではなくて。


B:それは精神的なものと同じですね。
  医者が患者を、自分は専門だからとコントロールしようと思ったとたん、
  実際には鈍くなって悪くなってしまうという意味では。


T:先生は今では世界的な芸術家ですけど、小さい頃から絵を描いたり、
  紙をちぎったり、いろんなことをしてきたんですよね。
  もう止められなくなるぐらいずっとやり続けていたんでしょうね。
  そこでもし、フロイト派の先生がいたら、
  「やよいちゃん、それだめよ、いけません」と言っていたかもしれません。
  それを先生は、好きにいっぱい描きためて。
  でも厳格なご両親からは絵描きなんかになっちゃいかんと、
  止められていたわけですよね。


K:そう。それで病気になっちゃう。
  止められると芸術がなりたたないわけです。
  なんで、なんで、なんで、では。


B:やはり精神のバランスがくずれた時に、薬で押さえ込んだりすると、
  せっかくのその人の感性を鈍らせてしまう危険性があると思います。
  今のお話は実体験としてお聞かせいただけて、とてもよくわかりました。


K:私の立場を理解していただけたらありがたいです。


B:こうやって質問をしている事自体、まるで自分がフロイト派の
  精神分析医になったような気がしてきました。(笑) 
  そういう草間さんにお聞きするのはナンセンスですが、
  これから先、未来に向けて、草間さんの中でどんな展開になると思われますか?
  それは自動的に次から次に?


K:ええ、次から次に出てくるわけです。
  やっていくうちにどんどん展開していくんですよ。
  今までも反転して反転して、どんどん膨張していくでしょ。
  ああいう風になっていくと思います。
  死ぬまで、膨張していくわけです。


B:すぐ解釈をしてしまいたくなってしまうんですけれど、
  草間さんは「無限」を、別の言い方をすれば、「答を求められないこと」だと、
  それを表現されているのかな、と思います。
  たとえば、埴谷雄高という人が「無」という絶対に表現できないものを
  表現しようとして何十年も本をずっと書き続けましたが、
  彼はその意志をはっきり持っていたんですね。
  でも、草間さんの場合は、ゴールも決めない、とにかく次々に増殖し続ける、
  ということなのですね。


K:終わり無き戦いだよね。


T:そうですね。ゴールは無いですね。
  この間も先生は、300年ぐらい生きないと、
  今やりたいことがとてもとても追いつかないと言っていたんですね。
  本当にアイデアが湧き出てくるというか。
  スタッフに、「こういう事をやりたいんだけど、
  こういう材料を買ってきてちょうだい」っていうことから始まるんです。
  で、翌日は、もう一つまた別なことを言い出す。
  「鏡をこういう風にしたいのよ」とか。そうやって本人の中には、
  いろんなビジュアルが見えているのか僕にはわからないですけど、
  「やろうよ、やりたいのよ」というのが、とめどないわけですよ。
  じゃあ、鏡の部屋を100個作ったら終わりにしよう、とか言うんではなくて、
  もう、後から先から関係なく。
  どこまでやりきったからもういい、というのは、全然ないみたいで、
  どんどん、どんどん、際限がないですね。
  絵だけではなく文章も書くし。このスタジオからお部屋に帰ってからも、
  まだ手をつけてまとめてないものもいっぱいあるみたいですし。


K:そうなの。ほこりだらけになって、いっぱいあるの。


T:歌を歌うこと、洋服をデザインすること、表現ということに関しては何でもしてしまう。
  ようするに、この人は絵描きです、とか彫刻家です、
  という一つのジャンルに収まらない。
  ここ最近は、ファッションの取材が多いんですけど、
  よくよく先生の資料を見てみると、
  小学校時代に、もうすでにこっち側が真っ赤でこっち側が真っ白みたいな
  セーターの写真があるんですよ。
  そういうのは、編み物やっている人に、
  「私、こういうのを作りたいの」って言って作ってもらっている。
  だから、とにかくもう、ずーっと湧き出るものを具現化している。


B:草間さんのまわりには、理解してサポートしてくださる方がたくさんいて、
  一緒に生きていらっしゃるのですね。


K:そう。たとえば、高倉さんなんかは反フロイト派なわけですよ。
  私が新しい世界に入っていくのを見守って、
  どんどん焚き火したわけですよね。
  だから、私の現在があるんです。


T:ニューヨーク時代から、常に先生の周りにはたくさん人がいましたよね。
  今現在もいろんな方が、必ず先生の魅力にひかれて、
  たびたび回を重ねていくようになっちゃうんですよ。


B:日本人の意識は以前と比べて変わってきたと思いますか?


K:ええ、思います。今は、理解してくれているようですよ。
  反対して足をひっぱって引きずり下ろすようなことは、無くなりましたね。
  朝日新聞社も私に賞をくれたから。授賞式で演壇に立った時、
  「朝日新聞社って保守的だと思ったけど、私に賞をくれるなんて、世の中変わった」
  って言ったら、どやどやどやって会場がざわめいていたわ。(笑)


T:60年代後半、70年代あたまぐらいまで、ニューヨークからの情報が
  正確に伝わらなかったんですよ。
  非常に下劣な週刊誌的表現で伝わっていたものですから、
  ニューヨークではいろんな意味で評価されているのに、
  それがスキャンダラスな形で日本に伝わって、
  先生はその時期、ちょっと日本に帰ってくるつもりが、
  体調くずしてしまったりして、日本に留まった。
  その時は、よくない情報だけが日本にあったから、
  誤解が多かったと思うんですよね。


B:もし、医学とかテクノロジーが進歩して、
  人間の意識や肉体が変わって生き続けられるものだとしたら、
  草間さんは300年と言わず、1000年ぐらいは生きたいと思われますか。


K:はい。
  今、進歩している科学にも負けないくらい新しい仕事をしてますよ、
  私。進歩し続ける作品って、まだ日本ではあまり見ないよね。


B:今日は本当にありがとうございました。


K:今日、とてもいい線いったじゃない。
  すばらしいと思うわよ、このインタビュー。


B:たくさんの「なぜ?」におつきあいいただき、ありがとうございます。
  これからのますますのご活躍をお祈りしています。

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