Spiritual Data Book 2004 インタビュー

物語は、おのずから流れてゆく。

- interview with アーシュラ・K・ル=グウィン -

いつの時代にも、人々の生きるところには、
「物語」の語り手がいた。
語り手は、魂の源泉から、
私達の前に「物語」を汲み出してみせる。
その「物語」が真の力を持っている時、
耳を傾ける人の魂が震え始める。
私達は、人生の中でしばしば立ち止まる。
自分とは何か? 自由とは何か? 力とは何か? 
勇気とは何か? 愛とは何か? 死とは何か?
目の前に立ち現れる問いに、
私達はおののき、心を乱し、苦悩する。
そんな時、真の物語は、私達と共にあり、勇気づけ、
新しい世界をかいま見せてくれる。
『ゲド戦記』全5巻は、そのような特別の「物語」だ。
数十年かかって、ゆっくりと熟成された物語は、
21世紀という時代、これまでの価値観が崩壊し、
新しい世界観を誰もが模索している時代に、
必然を持って流れでてきたように見える。
あたかも自らの魂を持っていたかのように。
その著者、アーシュラ・K・ル=グウィン氏は、
今この地球上に存在する、希有な「物語」の語り手である。
この度、ブッククラブ回の単独インタビューに、
ル=グウィン氏が答えてくれた。


Ursula K. LeGuin
(アーシュラ・K・ル=グウィン)
SF、ファンタジー作家

1929年、アメリカ合衆国カルフォルニア州バークレー生まれ。
父は文化人類学者のアルフレッド・L・クローバー、
母は作家のシオドーラ・クローバー。
ラドクリフ女子大学とコロンビア大学でフランスと
イタリアのルネッサンス文学を専攻。
フルブライト留学生としてパリ滞在中、
歴史家シャルル・A・ル=グウィンと知り合い結婚。
現在は、三人の子供と三人の孫がいる。
オレゴン州ポートランド在住。
主な作品に、『ゲド戦記』シリーズ、
『闇の左手』、『所有せざる人々』ほか多数。
アメリカの著名な文学賞である、
ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞に
何度も輝く受賞歴がある。

■オフィシャルサイト
http://www.ursulakleguin.com/
 

B:ゲド戦記シリーズの愛読者は、
日本にもたくさんいます。
『帰還』で、一端、完結したかのように思えた
このシリーズの続編を書かれたのは、
どのような動機からでしょうか? 
また、今後の展開については、
何か考えていらっしゃいますか?


私が、『帰還』を書き終えた時、
ゲドとテナーの物語は、
穏やかな結末にたどり着いたと感じました。
だからこそ、この本を「ゲド戦記 最後の書」と名づけたのです。
でも、これは私の間違いでした!
その後すぐに気がついたのですが、
私の頭の中には、
アースシーについてのたくさんの疑問がまだ残っていたのです。
たとえば、ローク島の歴史について、
男性の魔法と女性の魔法の本質とその違いは何なのか、
アーキペラゴの人々とはまったく違った信念を持ち、
魔法を使わないカルカドの人々について、など。
そして何よりも、テハヌーという子供とドラゴンについてです。
テハヌーとは誰なのか?
ドラゴンとは一体何なのか?
これらの質問への答のいくつかは、
『アースシーの5つの物語――ゲド戦記外伝』と
『アースシーの風』に出てきます。
でも、アースシーの、まだ起こっていない未来について、
今、お話することはできません。
地球の未来と同じように、実際にそれが起こるまで、
私にとってもその行方はわからないのです。
もし、何かが起こり、そして私がそれに気がつけば、
その時にはもちろん、私はみなさんにその物語をお伝えするでしょう!





B:テハヌーというのは、 不思議な運命を持った象徴的な女性ですね。 彼女が物語の重要な鍵として登場したのは、 なぜでしょうか? その質問に私が答えられるとしたら、 「それは私が<意図して決めた>のではない」ということになってしまいますね。 たしかに私は、物書きという職人としての技を使います。 その物語がどのように語られていけばよいかを、 考えながら決めてゆく立場にいます。 それに、使われる言葉は私が選んだ言葉です。 でも、物語というのは、いったん始まると、 私が<コントロール>するものではなくなるのです。 ここでいう<コントロール>とは、 人間の頭で考えた意図による決定とか、 知的な理由に基づいた選択という意味ですけれど。 登場人物がどんな性格なのか、 どんな行動を起こすのかということを決めてゆくのは、 どちらかというと美しさの感覚や感情的な要素に関わるものです。 彼らの存在や彼らの行動がどのような意味を持っているかというのは、 むしろ物語が完成した後で語られるものかもしれません。 (たいていの場合、それは作家自身によって語られるのではなく、 関心の高い読者や批評家によって語られるのではないでしょうか。) 物語には、<流れ>があります。 おのずから流れていく道があります。 そして、物語の語り手として私に課されていることは、 その流れをそのまま流れさせることです。 個人的な見解で妨げないようにして。 「たどっていくのに易しい道があるとすれば、 すべての意図を手放した時と、それが真に偉大なものである時だ。」 …誰が言ったのか覚えていませんが、タオイストの言葉です。 さて、ついにゲド戦記の第4作目を書くべき時が来た、 と私が感じ始めた時、テハヌーという子供が私の前に現れました。 彼女は他者からひどく悪用される、虐待された子供でした。 心の中でテハヌーを<見た>瞬間、 私は彼女がこの作品の鍵となることを知りました。 その時、私にわかったのは、テハヌーが人間の少女であり、 そして同時にドラゴンでもあるということだけです。 というわけで、どのようにしたらそんなことが可能なのか、 次の二作を書くことで、探し出していかなければなりませんでした!


B:あなたにとって、 ドラゴンはどんなものを象徴する存在ですか? アースシーのドラゴンは私にとって、 野性、美、そして、自由を表しています。


B:あなたの物語の中には様々な人物が登場しますが、 「全き状態のもの」が何一つ存在しません。 世界をコントロールしようとする男達、 自立しようとする女達、 人間と竜という二つの性質を同時に生きる存在などなど。 あなたはこのような登場人物達によって、 何を描こうとしているのですか? やはりこの質問にもこうやって答えるしかないでしょう。 私が、私の信念、理論、哲学的見解などを表すために 物語の人物を使っているのではないということを。 私は意識的に彼らを使っているわけではまったくなくて、 ただ彼らに従っているだけです。 そう、もちろん、彼らを<作り出した>のは私です。 しかし、<作り出した(invention)>という言葉は、 作るという意味だけではなく、 見つける、発見するという意味もあります。 小説を書くというプロセスは、 私にとって、何かを発見していく長いプロセスなんです。 物語の登場人物達に耳を傾けることによって、 彼らが為すことを観察することによって、 彼らが何者であるのか、 彼らにとって、そして私にとっても、 大切なものとは何かを見つけていきます。 もちろん、彼らの個性や行動には、 私がこの世界について何を知っているか、 何を感じているか、そして、何を心配しているか、 私に苦痛や希望を与えているものは何かなどが、 反映されているのでしょうけれど。


B:<力>を失ってからのゲドの生き方については、 とても興味深いものがあります。 世界をコントロールすることは、 同時に何かを損なう事なのでしょうか? あなたが書く物語には、「いかに力を手に入れて結果を求めるか」というより、 「いかに力を手放すか」というテーマがあるような気がします。 それは、他のファンタジーものと大きく違うと思うのですが、 そのことについてどのようにお考えですか? あなたがゲドについて注目してくれた点が、 私にはとてもおもしろいですね。 というのも、ゲドの運命については、 様々な読者や批評家達から、 かなり違った反応を受け取っていたからです。 ゲド戦記の最初の三作では、彼は若き英雄です。 ほとんど無制限といってもいい<力>を持ち、 彼自身の善悪の観念が、唯一彼を動かすものです。 でも四作目以降では、彼は何の<力>も持たない、 年老いていく男となっています。 ある読者にとっては、これは侮辱で、 激怒を感じているようです。 彼らは、ゲドを「裏切り」、 「彼らの英雄の威厳を損ない」、 「偉大な男に屈辱を与えた」 私に、怒りを感じているようです。 そのように感じる人がいるのはとても残念なことです。 私自身にとって、ゲドが最も英雄的だと感じたのは、 大きな危害から人々を救うために、 彼が自らの<力>を進んで手放した時だからです。 本当の<力>というのは、 自らの力を手放すことにあると彼が悟った時のことです。 その<決心の>瞬間だけではありません!それ以降の人生も、 私にとって彼は英雄であり続けます。 文句を言うのではなく、復讐の機会を探すのではなく、 持っていた<力>を失ったことへの見返りを要求するでもなく、 彼は日々の生活を重ねていきます。 恋に落ち、妻子を愛し、山羊や鶏の世話をし、 明るい心を持ち続け、人としてできるだけのことをする、 そのような生き方は、彼に勇気があるからこそできるのです。 そして、テナー。 持てたかもしれない魔法の力を拒否し、 普通の女性としての生き方を選択した彼女もまた、 私の英雄なのです。 もし、<力>によって何かが損なわれるということが本当ならば、 どうして英雄が<力>を保持し続けることを求めなければならないのか? もし彼が<力>を持ち続けたら、いかにして<善きこと>を為す、 道をわきまえた英雄でいられるのか? これが、『指輪物語』の中でトールキンが発した問いで、 決して忘れることのできない要素です。 ゲド戦記の後期の作品では、 私も同じような問いを発し、 少なくとも自分にとっては納得のいく答にたどりついたような気がしています。 それが、一部の読者を怒らせたとしてもです。 物語の中で、<力>を持つ人々や国が、 様々な事象、他の人々、地球の生物を対象に、 完全にコントロールしようと試みていることは、 私達人間としての種が、現在の世界に行っていることと全く同じです。 私達は、私達以外のすべてのものをコントロールしようとしています。 私達は、私達が持つ素晴らしい<力>、理解力や創造力を持っています。 けれども、その力を戦争、不公平、残虐行為などに使うことによって、 地球を地獄のようにしています。 そして、地球の豊かさや美しさを生み出している、 動物、植物、水、空気を浪費し、損なっています。 その犠牲はすでに限度を超え、修復不可能です。 老子は、二千年前にこの問いについて、 このように説いています。 「何もしないこと(無為)を為せば、道からはずれることはない。」 また、このようにも言っています。 「何かを為したとしても、所有はしない。何かを行ったとしても、それを主張しない。 仕事を成し遂げたとしても、それを手放す。」


B:東洋思想、特にタオイズムについて、 深いご理解を持っていらっしゃるようです。 あなたにとって東洋思想とはどのような意味を持っているのか、教えてください。 私はこの人生を生きていく上で、 老子と荘子から、常になぐさめと喜びをもらってきました。 何かにぶつかるたびに、老子の教えに戻ります。 彼の言葉をまた引用してもいいですか? ゲドと彼が<力>を失ったことについての質問に答えている時、 次のような老子の言葉が頭に浮かびました。 「競い合うのをやめなさい。賢い魂を持つ人は、世界中に一人として競い合う相手を持っていない。 全きものとになるために壊れよ、と古から言われていた事が誤りだというのか?」 もちろん私は、誤りなどではないと思います!


B:現在、地球上では、過去から続く様々な問題が表面化する 過渡期であるような気がします。 一元論と多元論、男性性と女性性、 論理と非論理などの相対的な側面は、 常にあなたの物語の中に現れてきますが、 『アースシーの風』で描きたかったのは、ど のような未来の方向性なのでしょうか? おそらく、私が模索していった世界、 こうあってほしいと願う世界は、 必ずしもその方向性が二つに分かれているというものではなく、 複数の選択や方向性を有する非二元論的な世界なのでしょう。 そこでは、人としての生き方、 何が正しく、何が賢いことか、などについて、 本当にたくさんの多様な考え方が存在しているのです。


B:『オールウェイズ・カミングホーム』は、 未来の考古学という斬新な視点で書かれていましたが、 あなたがイメージする100年後の未来はどんなものですか? 私は、2〜3年より先の未来についてはめったに考えません。 どうぞ、そのようなことを考えさせないでください。 なぜなら、悲しみと恥ずかしさで滅入ってしまうからです。 私達人間は自分のことだけしか考えず、 おろかにも、私達の子供の子供や、 私達の仲間である他の地球の生物達が継承していくものを略奪し、 荒廃させています。私達は自分達の<力>を乱用してきました。 私達は自分達の責任に背いてきました。 そして、私は、この乱用の、この裏切りの一部です。 これほどまでに恐れるこの未来について、 私はほんの数回しか書いたことはありませんし、 そのほとんどが地球から遠く離れたところの話です。 そして、それも『所有せざる人々』や『世界の合言葉は森』で見られるように、 大崩壊やダメージをほのめかしたにすぎません。 しかし、多くの場合、私のSF作品の中の<未来>は、 創作された惑星や宇宙人と同じように想像上のものです。 それは想像であり、予言ではありません。 これらの世界、人々、実在しない時間などは、 この現実の世界と人々を語るための手段です。 生き生きとした描写を用い、読者を楽しませながら、 そうでなければ語れないようなことを語っているわけです。 『オールウェイズ・カミングホーム』で、 想像上の二万年先のカリフォルニアを描いた時も同じようなことが言えます。 それは私が今の私達について言いたかったことを伝える、 私なりのやり方でした。 全ての作家が本当に書かなければならないこと、 それは、今、ここ、にいる私達のことです。 私の友人、老子がこう言ったように。 「つまり、全になることは帰ることだ。」


B:ありがとうございました。 貴重なお時間を割いてインタビューにお答えいただき、 心から感謝しております。 こちらこそ、こんなにおもしろくて難しい質問をしてくださって、ありがとう! 私もこのインタビューへの答を考えるのが、楽しかったですよ。

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