meeting with remarkable people [002]
アブラハム・H・マスロー
1908 - 1970

誰でも、「なんて自分は駄目なんだろう」と打ちひしがれることがある。
真摯に自分の心の中を覗けば、病や未熟さを発見することになる。
だがもし、様々なネガティブな要因をクリアして、
その先に進むことができたら、どんなことが起こるのだろうか?
人間の可能性は、どこまで広がっているのだろうか?

自己実現ー本来の自分の本質を実現する欲求、
自分のなりたいものになれる欲求、
それが誰の中にも眠っていると考えた心理学者がマスローだ。
至高体験という特殊な神秘体験に注目したのも彼である。

人間の心の病を研究することで発展した心理学会の中で、
「健康な人間」に注目したところに、
彼の類い希なオリジナリティがあった。

1908年、マスローは、ロシア系ユダヤ人の移民の子供として、
ニューヨークのブルックリンに生まれた。
マスローの両親は、それほど信仰熱心ではなかったが、
教養もなく、狭い社会の中で、ただ生きるのに必死な人々だった。

ひときわ繊細な感受性の持ち主だったマスローは、
偏狭な心を持つ母の影響に幼い頃から辟易していたようである。
たとえば、たった5歳の頃に、
母の言う迷信が証明されるかどうか、あえて自分でやってみた。
そして何も起こらないことを確認したと言う。

そんなわけで物心つく頃には、宗教はもちろん、
大人達の価値観にすっかり失望していた。
また、当時アメリカでも反ユダヤの風潮は強く、
彼は差別的な扱いを日常の中で受けていた。
自分の容貌にも強いコンプレックスを感じていた内気な少年は、
ひとり本の世界にのめりこんでいった。

成績もまあまあという範囲をでなかったマスローが、
希望の光を抱くようになったのは、
大学に入り、知的な教授達と知り会うようになってからだ。

自分が何を求めているのかはっきりとわからず、
様々な大学を転々とした彼だが、ついに心理学という学問にたどりついた。

やはりユダヤ人としての制約が、学問の世界でも彼を苦しめてはいた。
しかし中には固定観念にとらわれず、彼の知性のきらめきを感じ取り、
公平に関わってくれるすばらしい教授達がいた。
このような人々に出会ったことで、マスローは、
「健康な人間」という存在に、初めて注目したのだ。
たぶん、それは目の前の霧が晴れてゆくような、
すばらしい体験だったのだろう。

余談だが、彼を認めた教授達の一人に、
知能テストをあみだしたソーンダイクがいる。
彼の研究所で働くことになったマスローは、
適性検査としてこれらのテストを受け、
IQ195という驚くべき結果を出したそうだ。

この逸話は、「醜いあひるの子」の物語を思い出させる。
マスローがそれまで地域社会の中で孤立し、
大学教育にも馴染めなかったのは、
彼が抜きんでて優秀で、物事の本質を見抜く力を持っていたからだろう。

当時、ナチスの台頭で多くの優秀なユダヤ人達がアメリカに亡命を図った。
一躍、ニューヨークは、世界的に著名なインテリが集まる特殊な場所と化した。
この皮肉な巡り合わせによって、
マスローは、アドラーやフロムなどとの交友を図る。
彼はどん欲にあらゆるジャンルの知識を吸収していった。

当時の彼の研究は、
性における支配と欲求の関係だったというのも興味深い。
行動心理学における猿の研究から発展して、
多くの女性に、彼はセックスについてのインタビューを行っている。

また、彼の研究に大きな進歩をもたらした体験の一つに、
ネイティブアメリカンのブラックフット族とのフィールドワークがある。
豊かさに対して、西洋文化とは全く違った価値観を持っている
彼らを調査したところ、その8割以上が安定した自我を確立し、
「自己実現」しているのだった。

ふりかえってみれば、青年期に至るまでの闇の時代があったからこそ、
マスローは人間の「光」について、強く惹かれていったことがわかる。
彼の示した指針、可能性の心理学は、未だにその輝きを失っていない。

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