meeting with remarkable people [006]
エドガー・ケイシー
1877-1945

今から半世紀以上も前、「不思議な男」が存在していた。
彼は、催眠状態に入ると、あらゆる難病に対して診断と治療法を与えることができた。
また、依頼者の魂の記録を読んで、才能や弱点などを抽出して見せる力を持っていた。
それが、20世紀最大の霊能者ケイシーだ。
日本人には「オカルト世界の人」というイメージが強いが、
ケイシーが生涯をかけて最も力を注いだのは、
病人を救うという極めて献身的な「仕事」だった。

ケイシーは1877年、ケンタッキー州郊外の農業を営む家に生まれた。
父親は働き者で人望が厚く、治安判事に選ばれる程の厳格な常識人。
母親は心の優しい静かな女性で、神秘的傾向があり、彼の良き理解者だった。
彼の後には、四人の妹が続いた。
父の商売の失敗などで、ケイシー家の生活は、あまり裕福なものではなかった。
しかし彼には、それを苦にしない精神、他の少年とは違う「何か」が心の中に潜んでいた。

彼が初めて透視の経験をしたのはわずか七歳の頃で、
結局それが彼の人生の方向を決めることになった。
死者の霊を見たり、植物の精霊と話したりするのは日常茶飯事で、
死んだ祖父と会話したことを、よく家族に報告していたという。
家族が彼の言動を笑い飛ばさず、真摯な態度で接してくれたおかげで、
「不思議な能力」を伸ばすことができたことは、彼にとって幸運だった。

この時期、彼の人生を象徴する出来事が起きた。
勉強のできる生徒ではなかった彼が、教科書を枕にして眠り、目を覚ました時のこと。
なんと教科書を丸暗記してしまったのだ。
またある日、ボールで頭にケガを負った彼は、朦朧とした意識の中、
両親に湿布を用意させ、後頭部に当てるように命じた。
そして翌日、けろっと元気になった彼は、指示を与えたことなど覚えていなかった。

 特別な「能力」を影に潜め、彼は淡々とした普通の生活を送り続けた。
家の事情を考慮して、16歳から働き始めた彼は、叔父の農場の手伝い、
靴屋、本屋の店員など、実に様々な職に就いた。
医者か牧師になるという夢は、遠ざかるばかり。
そこに、追い打ちをかけるように、失声症という奇病が彼を襲った。
どん底に陥った彼が、遂に人生の転機を迎える。
奇病と「心霊能力」を聞きつけた催眠療法研究家との交流によって、
「能力」の正しい使い方に目覚め、「リーディング」を確立したのである。
多くの知人たちを治療し始めると、その噂は瞬く間に拡がり、
依頼者やマスコミが殺到し、彼は一躍有名になった。

金儲け話が沢山持ち込まれたが、彼は断固として能力を商品化することを拒否した。
謙虚な性格の彼は、商売の成功を人生の成功とは思っていなかった。
むしろ「リーディング」を商売にすることに、ひどく葛藤していた。
他人の目には順風満帆に映っても、彼の心中は決して穏やかではなく、
命に関わる病気を診断する重圧に耐えきれず、すべてを投げ出したい気持ちで一杯だった。

発狂寸前の彼を引き止めたものは、霊能の資質が本当に神からの授かりものであるなら、
それは必然的に良い働きをするに違いない。
その確信だけだった。
彼は、自身の能力が、意識して道徳的、宗教的標準の高いのものに忠実であれば、
最高に機能することを悟っていた。
自分自身が人間的に清廉であること。
聖なる助けや導きを求めて懇願した人へ行うこと。
それが「リーディング」の条件となっていった。
彼の霊能活動の主要な手段は、潜在意識であった。
顕在意識の中にある善の力と潜在意識とを意図的につないでゆく作業がすべてだった。

幾多の紆余曲折はあったものの、24歳から亡くなる64歳までの間に、
2万件を越す「リーディング」を行ったそうだ。
生涯を通じ、自身の能力と人間性についての問いかけを続けたケイシー。
その人生から学ぶ所は、とても多い。


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