meeting with remarkable people [027]
ジョーゼフ・キャンベル
1904-1987

神話は、古代より人間の生活に活力と方向性を与えてきた。
しかし、その意味や価値が失われつつある現代。
いったんは私達の手から放れていった神話に、
もう一度出会うべきだと教えてくれた人がいる。
宗教を超えて世界中の神話を研究し、
神話の持つ力を見出したのが、ジョーゼフ・キャンベルだ。

1904年、キャンベルは、典型的な中産階級の長男として、
ニューヨークに生まれた。
父親の一族はアイルランド系のカトリック信者であり、
彼も18歳になるまで、ローマン・カトリック教会が運営する
学校に通っていた。

キャンベルが始めて神話の世界に惹き付けられたのは、
6歳の頃に父親と一緒に見たショーだった。
ネイティブアメリカンを討伐する連邦隊長バッファロー・ビル。
その年頃の子ども達と違い、キャンベルは主役の白人よりも、
討伐されるインディアンに強い興味を抱いた。
彼はその後、ニューヨーク自然史博物館に通い、
インディアンの儀式や文化に関する資料を読み漁ったという。
その幼さで、早くもインディアン史の専門家となってしまった。

1921年、18歳で大学に入学。
生物学、数学そして英文学や比較文学を専攻。
陸上競技の選手としてニューヨーク市の記録を塗り替えたり、
ジャズ・バンドに入ってサックスの演奏もしていた。
サックスは、後に隠遁生活をする時の食費を
捻出できるくらいの腕前だったといわれる。

1924年にヨーロッパへ旅行にでる。
その船中、インドの思想家、クリシュナムルティに出会い、
仏教とヒンドゥー教に初めて興味を持つ。
帰国後、大学院に進んだキャンベルは、
ヨーロッパの「アーサー王伝説」を研究。
その後、留学先のパリやミュンヘンの大学で語学を学ぶ傍ら、
ジェイムズ・ジョイスなどの新しい文学や、
ブラックやピカソなどのキュビズムに興味をもつ。
フロイトやユングの思想を学び、
晩年に強く傾倒した仏教思想にも、この頃、出会いを果たした。
このような広い見識と深い興味を持った結果、
キャンベルは、カトリック教会に距離をおくようになった。
当時としては異例かつ冒涜的なことだが、
「あなたの神は私の神ではありません。だから私に
それを押し付けないでください」と。

大学で博士号を修得する予定であったキャンベルは、
家庭の経済的事情から、アメリカに帰国。
その頃のアメリカは、株の大暴落とその後の不況で、
就職先を見つけるのが困難であった。
彫刻家志望の妹と、ウッドストックの森の中で隠遁生活を始め、
昔とった杵柄のサックスでなんとか食費をまかないながら
読書三昧の日々を送った。
 
1933年、29歳の時、キャンベルは教職につくことができ、
語学を教えながらユングやジョイスなどの研究に勤しんだ。
以降38年間にわたり、文学、比較神話学、哲学などを教えた。
36歳の時、インド研究学者ハインリッヒ・ジマーと知り合い、
大きな影響を受ける。
その後は、精力的に著作を生み出す傍ら、
講議のために世界を廻り、鈴木大拙とも知り合い、
日本語も学びはじめた。
彼の創造力と確信に満ちた講議は、人気を呼んだ。
聴講していたジョージ・ルーカスが強い影響を受け、
彼の講義を原点に『スター・ウォーズ』が誕生したというのは、
有名なエピソードである。

学識の豊さだけでなく、温厚な人柄から、
80歳の誕生日パーティには、1000人もの人々が訪れたという。
1987年、消化器系を煩っていたキャンベルは、
心臓停止のため他界した。享年83歳。
 
「神話とは詩魂の故郷、芸術に霊感を与え、詩を鼓吹するもの。
人生を一遍の詩と観じ、自己をその詩の参与者と見なすこと、
それが私達にとっての神話の機能です。」
人類の歴史の根底に流れる、神話という遺伝子の可能性を、
キャンベルは、私達に開いてくれたのかもしれない。

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