meeting with remarkable people [031]
アリス・ベイリー
1880-1949

世の中には、特殊な感性や能力を持って生まれてくる人がいる。
自分ではないものからのメッセージを感受する、
ミディアム(霊媒)的な素質を持った人。
20世紀初頭、自動書記により、18冊もの本を遺した
アリス・ベイリーという女性もそのひとりだ。

1880年、アリス・ベイリーは、英国マンチェスターの
裕福な家庭に生まれる。
9歳までに両親は結核で他界。
アリスは、妹と共に、伝統的なクリスチャンである
叔母にひきとられた。
厳格な教育方針の元で育てられたが、多感な彼女は、
精神的な危機におそわれ、3回の自殺未遂を起こした。

15歳になったある日、彼女が一人で読書をしていると、
突然、頭にターバンを巻いた見知らぬ男が目の前に現れる。
そして、彼女の能力や将来について語りだしたのだった。
この不思議な体験は、後の彼女の一生を象徴する出来事となる。

1902年、22歳の時、教会の日曜学校で教えていたアリスは、
兵士のための保養所で働きだす。
その仕事の延長で、インドに渡航した際、
兵士だったウオルター・エバンスと恋に落ちる。
1907年、27歳で、聖職者となったエバンスと結婚。
夫婦でアメリカに渡る。

新天地での生活は、厳しいものだった。
牧師の妻として努めたアリスは、3人の子供も設けたが、
夫はしだいに彼女に暴力を振るうようになり、結婚は破綻。
彼女は生活を支えるために、朝4時に起き、子供を隣人にあずけて
工場で働き、夕方4時帰宅、日々の雑用をこなしてから、
深夜まで読書をするという毎日を過ごしていた。
この頃から、ブラヴァツキーの著作に傾倒しはじめる。
ある時、神智学協会の聖堂の中に描かれた絵を見ると、
15歳の時に現れた、クート・フーミ大師の姿がそこにあった。
この事実によって、彼女は次第に自分の使命を考え始める。

1919年、39歳の時、神智学協会で働くフォスター・ベイリーと
出会い、後に再婚。
同じ年、ジュアル・クール大師からのメッセージを受け取る。
大師は、彼女のすぐれたテレパシー能力を使い、
彼の教えを思念伝達により筆記するよう要請したという。
生真面目な彼女は、いったん申し出を断るが、
大師の説得により、この使命を受けることを決意。

こうして、『イニシエーション』を初めとした数々の本を
自動書記によって記したアリスは、
神智学協会の中でも、一躍、注目を浴びるようになる。
ところが、アリス個人に対する反発、メンバーグループの
派閥争いなどにより、協会内のトラブルは深刻化。
翌年には、アリス自身も協会を離れる道を選んだ。

1923年、43歳の時、夫となったフォスターと共に、
アーケン・スクールを創立。
大師から受け取る教えを、自動筆記しては出版し続ける。
また通信教育によって、その教えを広めることにも努めた。

場合によっては、大きな権力にも発展しそうな活動だが、
彼女の姿勢は一貫している。
「私は大師の言葉を筆記した弟子に過ぎず、責任は大師にある。
また著作の内容を全て理解しているわけでは無い。」
このように、常にニュートラルな立場を守っていた。
霊的な能力を持っている人が陥りがちな慢心を抱くことなく、
謙虚さを持って尽力した彼女。
晩年においても、肉体の限界まで働くことに、
何の疑問も持っていなかったと伝えられている。
1949年、69歳の時、ニューヨークの病院で、その生涯を閉じた。

アリス・ベイリーの著作は、今なお世界中で読まれている。
19世紀に生まれた神秘主義の潮流が、
新しい社会の変化の中で、次世代へとつなげられていく。
彼女は、そのような時代に生まれ、個を超える使命に生きた、
ひとりの女性だったのかもしれない。

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