meeting with remarkable people [035]
ムハンマド(マホメット)
570-632

世界人口62億人の内、イスラム教徒は12億もの割合を占める。
根っこを同じくするユダヤ教、キリスト教と比較して、
イスラム教は、現在でもその信者を急速に増やし続けている。
世界の緊張状態に関わる大きな要素である、
イスラム教の礎は、どのように築かれたのか?

メッカのハシーム一族に生まれたムハンマドは、
誕生前に父を、その数年後には母も亡くし、
孤児として伯父に引き取られた。
25歳になった彼は、有力な商人の未亡人ハディージャに
突然結婚を申し込まれて、その妻の元で裕福な商人の道を歩む。

しかし、40歳頃になると不思議な夢を見るようになった。
彼は、当時のキリスト教の風習にならって
定期的に近郊の山で静かな時間を過ごすようになった。

そして運命の時、いつものように山で過ごしていたら、
突然、「圧倒的な存在」が手に書物をもって現れ、
ムハンマドにそれを読むように命じた。
後の回想によると、この時現れたのは、
「ジブリール(大天使ガブリエル)」だったという。

その後も啓示は断続的に継続。
気が狂ったかと思い始めたムハンマドは妻に相談する。
彼女はその一連の現象が、啓示であることを確信し、
よき理解者として彼を常に支えたのだった。
当時のメッカは、多神教が中心で、
様々な部族が、それぞれの神を祀っていた。
しかし、ムハンマドが受けた啓示では、
神(アッラー)の唯一性を主張し、
人類に多神教を捨てるように求めた。
その教えを無視するものは、まもなく訪れる終末に
恐るべき天罰が下る、と言った。

ムハンマドの従兄弟や一族が続いて入信し、
3年後には、公然と布教活動を開始するようにと啓示が降りた。
ムハンマドは公に多神教を批判し、唯一神アッラーの前では、
人間はすべて等しい存在であることを訴えた。
イスラム教の神は、ユダヤ・キリスト教と同一の神であり、
ゆえにムハンマドは、旧約聖書、
預言者としてのイエスを認めている。
イスラム教の信者の数は増え続け、アラビア半島全域に広まり、
メッカの聖域カアバ聖殿の保護者であった歴代の指導者たちは、
保身のため、ムハンマド達への迫害を始めた。

622年、ムハンマド達は、その攻撃から逃れるように、
メッカの北方350キロにあるメディナという町に
脱出・移住(ヒジュラ)することになった。
この大きな移住によって、自立的なイスラム共同体へと転換し、
イスラム暦の紀元として定めた。
この頃の彼は、宗教家としてだけではなく、
政治的手腕を発揮して足場固めをするようになっていた。

辺境の協力者達を集め、勢力を増したムハンマド達は、
ユダヤ教徒やキリスト教徒達とも絶縁。
彼たちを迫害したメッカ勢と何度となく戦闘を繰り返して
630年に故郷のメッカに戻る。
彼自身の手で、多神教の数百にも及ぶ偶像を全て破壊し、
異教時代の終わりをアピール。
今までの風習、貸借関係、権利、義務を精算することを告げ、
全てをアダムの末裔として平等として捉えたのだった。

征服のわずか2年後の632年、
ムハンマドは病に倒れ、程なく没した。
キリストやモーゼなどのように神格化され、伝説のベールに
包まれることがないのは、一神教の中では後発だったのと、
ムハンマド自身神格化されることを拒み、
アッラーの前では皆一人の人間として、その教義を
実生活でも行っていたからといわれている。

ナビィー(預言者)ムハンマドに下された神の言葉は
「クルアーン(コーラン)」に納められ、
今も多くの人々が唯一の心の拠り所にしている。
世界では多くの人々が、「絶対なる存在」に日々向き合っている。
資本主義経済の中心である、ユダヤ・キリスト教社会に対して、
拮抗するイスラム教は、世界の均衡の鍵を握っている。
この先、どのように世界が動くのか、
私達は目を離すことができない。

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