meeting with remarkable people [064]
オルダス・レナード・ハクスリー
1894-1963

20世紀には、様々な知性が花開いた。
華々しい経済や科学の発展の陰で、
人類の本当の知性とは何かを探求する流れも生まれた。
作家、オルダス・ハクスリーは、
「新世代のインテリジェンス」を代表するひとりだったと
言えるかもしれない。

1894年、イギリスでオルダスは生まれた。
彼の一家は、著名な生物学者や作家を輩出する名門だった。
祖父はダーウィンの進化論を指示した有名な生物学者、
父は作家、兄ジュリアンは生物学者、
弟アンドリューは、生理学者でノーベル賞を受賞している。
圧倒的な知識階級というバックボーンの中で、
彼の知性は育まれた。

母ジュリアは、彼が14歳の時に病死。
彼自身は、17歳の時、医者を志しイートン校に入学するが、
重い眼病のためほとんど失明状態となり中退。
20歳の時に、第一次世界大戦が始まるが、
その視力が原因で、兵役を免れた。

後に視力が回復すると、オックスフォード大学に入学、
英文学と言語学を学んだ。
卒業後、イタリアに移住し、D・H・ロレンスと親交する。
22歳の時、知的で風刺性の高い短編、長編小説を書き始める。
1922年、28歳の時、マリアと結婚。
後に息子マシューをもつ。

1932年、38歳の時、未来小説『すばらしき新世界』発表。
完全に管理された人間社会を風刺を込めて描いた。
世界大恐慌、戦争へ突入する暗い時代に、
世界が夢見る未来社会とは何かと、この小説は問いかけた。
1936年、42歳の時、自伝的要素の高い『ガザに盲いて』を発表。
1938年、44歳の時、眼の治療のためアメリカに渡り、
カリフォルニア南部に移住する。
この頃、生涯を通じて交友したクリシュナムルティと出会う。
1942年、48歳の時、「Art of Seeing」(見る技術)を発表。
視覚再教育法(ベイツ・メソッド)について述べている。

当時、急速なスピードで広がっていた心理療法、神秘思想、
ボディワークなどに、彼は積極的に関わり、挑戦した。
1944年、50歳の時、『永遠の哲学』を上梓。
古今東西の神秘思想家の心に残る章句をテーマごとに集めた
この本は、自己とは何かを深く問い、
究極のリアリティの直接体験をめざした。

1954年、60歳の時、メスカリンを体験し、
知性をもって報告した体験談『知覚の扉』を発表。
1955年、61歳の時、2月マリア夫人肝臓がんのため死去。
病床の夫人に彼は催眠術をかけ、
少しでも痛みを和らげるように暗示を与えつづけたという。
翌年、以前から知り会っていたローラと結婚。
1958年、64歳の時、ブラジル政府に招聘され、
リオデジャネイロへ。
原始的な部族民と喜んで会った。
1962年、68歳の時、最後の小説、『島』を発表。
実現可能なユートピア像を次の世代に残そうと試みた。
健康状態はよくなかったが、講義やセミナー、
インタビューや会議などを休むことなく続けた。

1963年、69歳の時、癌が口腔内にみつかる。
病状が進むにつれて、視力はほとんどなくなり、
首まで広がった癌のため、自分の頭を動かすことも
できなくなった。
死を目前にした彼は、「LSDを100マイクログラム筋肉注射して
ほしい」と書いて妻に渡したという。
妻がそれに応じたことにより、翌朝、ハリウッドの自宅で死亡。
おりしもケネディ大統領暗殺日だったため、
彼の死は、大きく報道されることがなかった。

豊かな知性と博識を持ち、
未知の世界にも旺盛な探求心をもったハクスリー。
彼の存在は、新しい波を起こす人々の間に、
勇気と力を与えたはずだ。
理想社会を夢見た彼は、
志し半ばにしてその生涯を終えた。
しかし、新世代のインテリジェンスとは何かを示すという
使命は、たしかに果たしたと言えるだろう。




この人物についての関連書籍等はこちら → click!

BOOK CLUB KAI  [ home ] [ contact ] [ link ] [ privacy policy]・・・ [ back ] [ page top ]
Copyright (c) 1989-2006 BOOK CLUB KAI  All Rights Reserved.