meeting with remarkable people [078]
ロバート・A・モンロー
1915-1995


 生きている人間の体から魂が離脱する不思議な体験を、
 「体外離脱体験」という。
 この現象を科学的に研究したパイオニアが、
 20世紀の超心理学者、ロバート・A・モンローだ。
 科学と非科学の境界を超えようと試みた、
 彼の一生をたどってみたい。

 1915年、アメリカのケンタッキー州で、彼は生まれた。
 父は大学教授、母は医師という知的エリートの一家。
 アメリカ南部の保守的な家風は、不快なものを回避する、
 防衛的な傾向を持っていたようだ。
 幼少の頃から、モンローには「飛行願望」があった。
 少年時代には、模型飛行機作りに夢中になり、
 高校生時代には、飛行機の操縦法を習得するほどであった。
 後には、グライダーの操縦も行っている。
 また彼は、麻酔や鎮痛剤などの科学的な薬品を受けつけない、
 特殊な体質であったようだ。

 1937年、22歳の時、オハイオ州立大学を卒業。
 オハイオのラジオ局の作家、ディレクターとして職に就いた。
 翌年、ニューヨークに引っ越し、ラジオ制作会社を設立、
 放送プロデューサーとなる。
 その後、彼の会社は、1ヶ月の間に28ものラジオショーの
 制作を手がけるほどの成功を収めた。
 ラジオ、テレビ、映画等、音楽の作曲家としても有名になり、
 アメリカの名士録にも載る。
 結婚をし、子どもにも恵まれたモンローは、
 社会的な成功者として、順風満帆な時期を過ごしていた。

 1956年、40歳の時、彼の会社は、睡眠学習など、
 人間の意識に影響する研究開発部門をつくった。
 この機関が、後にモンロー研究所として、
 発展をとげることになる。

 1958年、42歳の時、彼は不思議な体験をする。
 突然の前触れもなく、突然光を感じ、体が振動し始め、
 自分の意識が体を離れていく感覚が続いたのだ。
 彼は薬物などを使用しておらず、
 ドラッグによる変性意識体験ではなかった。
 この自らの体験に衝撃を受けた彼は、人生観を一変させる。
 ビジネスマンとして生きるよりも、
 体脱体験の研究に集中するようになったのだ。
 そして、自己の体験を非常に注意深く記録に残し、
 様々な現象の実験を開始した。
 この現象は、後に、心理学者、チャールズ・タートによって、
 「Out of Body Experience(OOBE)=体外離脱体験」と
 名づけられ、広く使われるようになった。

 モンローは、その後40年近くの間に、
 無数の体外離脱体験をしたが、
 彼の研究は、その記録・分析に留まらず、
 科学的に体外離脱体験を生み出す方法の開発にも至った。

 1971年、55歳の時、彼は、前述の研究開発部門を母体に、
 モンロー研究所を設立。
 音響システム「ヘミシンク」を用いた、左脳右脳の同調による
 体外離脱や臨死体験、高速学習など、
 人間の意識拡張の研究に従事する。
 また、『体外への旅』を出版。
 彼の研究は、アカデミックな研究者、医師など、
 多くの専門家の注目を集めた。

 1985年、69歳の時、『魂の体外旅行』を出版。
 30年以上にわたる自らの体脱体験を披露し、
 体外離脱能力者の草分け的存在として名声を確立する。
 モンロー研究所では、体外離脱、変性意識状態を体験するための
 様々なプログラムが開発され、
 世界各国から、多くの人が参加するようになる。
 1994年、78歳の時、『究極の旅』を出版。
 1995年、肺炎からくる合併症により、79歳で死去した。
 彼の死後も、モンロー研究所は研究組織として継続し、
 体外離脱体験に関心を持つ人々の総本山として認知されている。

 モンローによって、新しく定義された異次元の領域は、
 「あの世とこの世の境界」「意識と身体の関係」などを
 理解するための、新たな可能性を開いたと言えるだろう。
 テクノロジーの発展は、この先、
 人類にどんな未来をもたらすのだろうか。




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