meeting with remarkable people [092]
円空
1632-1695


徳川幕府による厳しい宗教政策が布かれた江戸初期。
幕府の設けた寺請制度によって寺院は権力化し、腐敗堕落へと進んでいた。
そんな仏教界に背を向け、ひとりナタとノミをもって諸国を放浪し、
仏像を彫りつづけた僧がいた。
庶民の中に身を置き、衆生の救済を願って
十二万体の仏像を彫ることを心に誓った円空、その人である。
俗名、出自、出家の寺さえ知られていない、
深い謎に包まれた遊行僧の祈りの人生を追ってみる。

1632年、美濃国(現岐阜県)に生まれる。
19歳の頃、「やろか水」と呼ばれた長良川の大洪水で
母が非業の死を遂げ、その鎮魂供養のため、
天台宗の某寺に出家したと言われている。
23歳になって寺院を離れ出ると、岐阜を拠点としながら、
窟ごもりや山岳修行をはじめる。

1663年32歳の頃、岐阜県郡上市の神明神社に現存する
最初期の作品である天照大神、阿賀田大権現、
八幡大菩薩の神像三体を奉納する。
阿賀田大権現を女神に、
そして記紀では女神とされる天照大神を男神として表現しており、
研究者の間では謎とされてきた。
現在、円空による男神の天照大神の彫像は8体が確認されており、
一説には、歴史からその名を消されてしまった瀬織津姫という水の女神への
円空の信仰と深い関係があると言われている。

滋賀と岐阜の県境にある伊吹山で修行を終えた円空は、
全国行脚の最初の地として東北・蝦夷地へと向かう。
そして35歳の冬、津軽藩弘前城下を追われると、
青森を経て、蝦夷地に渡る。
一年余りの短期間の滞在で、
和人に虐げられるアイヌの人々と心を通わせながら、
観音像を中心に多くの神仏像を作り、
独特の造形スタイルの基礎を築いていった。

38歳の時、長旅を終えて美濃・尾張に帰ると、
明国から亡命した張振甫が尾張藩の援助を受けて再建した薬師堂で、
日光、月光、十二神将などこれまでとは異なる作風の像を作りあげた。
40歳で奈良の法隆寺に赴き、日本仏教の原点であるこの地で
修験者として修行を積みながら大日如来座像を彫像。
その後、一度岐阜に戻り、次なる目的地の伊勢志摩へと向かう。

1673年42歳の冬、弥勒浄土への入り口とされる修験道の霊地、
大峯山の笙ノ窟で厳しい冬籠りの荒行に入る。
半年にわたる厳しい修行で死と黄泉返り、
浄化と再生を果たした円空は山を下り、
一年にわたって志摩半島から伊勢神宮まで伊勢路を歩く。
そして翌年二度目の大峰山修行に入る。
1676年45歳、大峰修行を終えた円空は、
名古屋市の龍泉寺で馬頭観音、熱田大明神、天照皇大神の三尊像を、
そして荒子観音寺で3 mを超える仁王像一対と
その木切れを使った木っ端仏を次から次へと精力的に刻んでいった。

1679年、岐阜県郡上市の千虎の滝で窟ごもりしていた際、
白山の神より神託を受けてついに開悟する。
円空、48歳の時である。
神託を得た円空は、滋賀県大津市・園城寺へ向かい、
神託からわずか3週間で同寺の尊栄から血脈(師から弟子に法を伝えること)を受ける。
この園城寺は弥勒信仰の拠点でもあり、現在もこの寺には
円空が彫った7体の水の神、善女龍王像が安置されている。

5代将軍綱吉が就任した1680年、49歳の円空は
激動する関東へ人生最後の遠征に出発する。
埼玉、茨城を経て、日光山で120日の山籠もりをし、
群馬、山形と各地の霊山を巡る。
その足跡には円熟した傑作を多数残している。
そして約4年の関東滞在に終止符を打ち、故郷に戻る。

その後も疫病や飢饉に苦しむ人々の幸を願い、山野を歩き続けた円空は、
58歳の時に園城寺の尊栄から二度目の血脈を受け、
高徳の僧に授けられる阿闍梨となった。
同日、数十年をかけて自坊として再興した弥勒寺が園城寺の末寺に加えられる。
翌年の秋、岐阜県上宝村で制作した今上皇帝像の背面に、
飛騨で一万体、全国で十万体の仏を彫り終えたことを記す。

61歳になって己の死期を悟った円空は、三年後に入定することを決意。
岐阜県関市の高賀神社に錫杖と硯を納めて造顕活動を終え、
高賀山で三年間の「千日行」に入る。
1695年7月15日、弥勒寺近くの長良川河畔に入定塚を掘り、
「この藤の花が咲く間は、この土中に生きていると思ってほしい」と言い遺し、
彼を慕う里人たちに見守られながら、
即身仏として64年の漂泊の生涯に幕を閉じた。

円空は人生を掛けて森羅万象に宿る命を慈しみ、
神と仏が共存する世界を十二万体の木像と千六百首もの歌によって表した。
明治期の神仏分離にともなう激しい廃仏毀釈を逃れ、
今も残る五千体もの「円空仏」とよばれる木像たち。
その迷いのない大胆なノミあと、力強く自由な姿からは、
真摯な祈りとともに生きたひとりの僧の生き様が伝わってくるようだ。
そして円空仏に浮かぶ温かな微笑みは、
時を超えて対面する人々の心に安らぎを与えている。
人々を救済するため仏陀入滅から56億7千万年後に
この世に戻ってくると言われている弥勒仏への円空の強い思いは、
今も生き続けているのかもしれない。



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