meeting with remarkable people [093]
トーベ・ヤンソン
1914-2001


幻想的な静けさとぬくもりに満ちた童話の名作ムーミン。
個性豊かなムーミン谷の住人たちが織りなす物語は、
人間世界を投影したかのような味わい深い奥行きをもち、
物事の本質をついた言葉は、読み手の心に深い余韻を残す。
そこには日常の小さな冒険を愛し、
世界の清も濁もまるごと受けとめるような
作者の豊かな感性が息づいている。
世代を超えて幅広い読者をもつムーミンの生みの親、
トーベ・ヤンソンとはどんな人物だったのだろうか。

1914年、フィンランドのヘルシンキで、
著名な彫刻家の父と挿絵画家の母という
芸術一家の長女として誕生する。
北欧の豊かな自然の中で家族の愛情を一身に受け、
自由奔放に育ったトーベは、生まれもった才能を存分に伸ばし、
幼いころから芸術の道を志す。
14歳のとき、雑誌の子ども欄に自作の挿絵と詩が掲載されると、
翌年、母が関わっていた辛口な政治諷刺雑誌
『ガルム』の挿し絵画家としてデビューする。
そして画家修行のためにスウェーデン、フランス、イタリアへ留学し、
油絵やフレスコ画を学ぶ。
帰国すると数々の壁画などを手がけながら新進画家として認められていく。

1939年頃になると、ヨーロッパでは
ドイツ軍の侵入やソ連による空爆が始まり、
第二次世界大戦の暗い影に覆われはじめる。
トーベは政治的な圧力を受けながらも、
ヒトラーやスターリンへの批判、反戦をテーマとした風刺絵を果敢に描き、
1953年の廃刊まで雑誌『ガルム』に寄稿し続けた。

終戦を迎えた1945年、31歳の時、
ムーミンシリーズの1作目『小さいトロールと大洪水』を出版。
その後26年にわたってシリーズは9作書かれることになる。
1953年、海を越えてイギリスの新聞『イブニング・ニューズ』で
コミック版『ムーミントロール』の連載が始まると、
世界40カ国以上の新聞に掲載される。
これを機にムーミンは世界中で親しまれるようになる。

一連のシリーズを眺めてみると、
第二次世界大戦の影響を受け、
人生の不条理や不安を感じさせる初期から、
戦後、愛すべき仲間たちと素朴な生活を楽しむ平穏な日々へ、
描かれた時代の空気感やトーベ自身の心の変化が
作品を通して静かに伝わってくる。

幼い頃から夏の休暇を家族とともに小島で過ごしてきた彼女は、
1964年50歳の頃、フィンランド湾に浮かぶ
クルーブ・ハルという自分だけの離れ孤島を見つける。
水道も電気もない徒歩8分で一周できてしまうような小さな岩島に、
母、生涯のパートナーであった友人トゥーリッキ、猫と移り住み、
自分たちで小屋を建ててアトリエにした。
以来、30年近くにわたり、この島に毎夏訪れて物語を描き続ける。

1970年、良き理解者であり、多大な影響を与えていた母がこの世を去ると、
同年、ムーミンシリーズ最後となる『ムーミン谷の十一月』を書き上げる。
この最終巻では、ムーミン一家のいないムーミン谷に集った
仲間たちの共同生活が描かれている。
これを境に、ムーミンの世界に別れを告げるかのように、
大人向けの小説や短編の執筆に力を入れ始める。

そして画家として、作家として優れた作品を
世に送り出していったトーベは、
2001年6月27日、ヘルシンキの病院にて86歳で息をひきとる。

1年のうち約4ヶ月は、都会の喧騒を離れ、
雄大な自然に囲まれた島にこもって創作に没頭していたというトーベ。
この完璧な静寂に包まれた「仕事と遊びと儀式の混ざりあった営み」こそ、
内に広がる独自の世界を作品へと昇華させていく糧だったのかもしれない。
彼女の作品は、己の奥深くに流れる静けさを見つけだすことが、
すべての冒険の出発点なのだと思い出させてくれる。



この人物についての関連書籍等はこちら → click!

BOOK CLUB KAI  [ home ] [ contact ] [ link ] [ privacy policy]・・・ [ back ] [ page top ]
Copyright (c) 1989-2011 BOOK CLUB KAI  All Rights Reserved.